口上手な彼
「名前は美しいね」
「あう…ファイル君…私を、ファイリングしないでね?」
「するもんか。名前の動く姿が可憐なんだ」
毎度毎度、恥ずかしい言葉を並べる色男…失敬。美少年、ファイル君。彼は私の恋人です。ファイル君と一緒にいると女の子にとって嬉しい言葉をつらつらと言われます。確かに私も心の中では嬉しがりますがそれを表面的に表せない性格なのでいつもまともな返答が出来ません。
「私は…っ」
でも今日の私はいつもとは違います。今日こそはまともな会話をしよう。そう思って昨日は30分一人で会話の練習をしたんですから。
「私は…」
「どうしたんだい?名前。」
「ファイル君の方が美少年と思う」
「…うん?」
しまった。ファイル君の方が可愛いって言おうとしたらつい美少年だなんて。これじゃあ私が男で自分よりカッコいいって言っているみたいじゃないですか!
「あ、わわわ…いや、その…今のは違うんです…よ?あはは…は…じゅ…授業におくれちゃう…ね」
とっさにひきつった笑顔で私は誤魔化して理解出来ていないファイル君をその場に置いて逃げました。逃げさせていただきました。と、思ったら後ろから追いかけてきました。は、早い…!
「名前ー!」
途端に抱き締められて、持ち上げられました。
「名前ー!名前ッ名前ー!」
「ふぁああ!ファイル君!」
ここは学校です!廊下なんです!恥ずかくて私は必死に下ろして下ろして!と言いました。けれどなかなか下ろしてくれません。
「な、何でもするから!」
「…なんでも?」
「へ?」
ぴたりとファイル君は私を下ろしてくれました。そして何やらうんうんと唸りながら私を見ました。あ、ファイル君の目。きらきらしてる…。
「じゃあ、キスして?」
「ほぁあ!?いいいきなり何を言うんですか!」
「なんでもするって言ったでしょ?」
「うっ…」
つい言ってしまったことなんですが。しなきゃダメですか?と聞いたらしてほしいな、と返されました。こんな美少年にほしいって言われたら誰だってあげたくなりますよ!本当に口が上手なんですね!ファイル君は!
今度は私がうんうん唸って、一息ついてから決心しました。ファイル君の顔に近付かせておもいっきりき…
「い゛っ!」
「うぶっ」
ファイル君の唇を噛みました…。やっちまいました。こんなベタな!
「ご、ごめんなさい…」
ファイル君の唇からはちょっとだけ血が出ていたのでハンカチで拭ってあげました。直ぐに血は止まったので、良かった…。
「本当にごめんね?」
「ううん、大丈夫」
上唇をぺたぺた触りながらファイル君は笑顔で答えてくれました。そのあと耳元でいきなり「ありがとう、名前」って言われたので、当然私の顔は林檎みたいに耳まで赤くなったんだと思います。