風邪





蛙が元気に鳴いている。
オレはいつもどおりに部活から帰って、部屋でゆっくりしていると、幼馴染から電話がかかって来た。

風邪を引いたらしい。





病から一歩前進







「まだ熱下がんないのかよ…」

「だってぇ…夏風邪は長引くんだよー」

「あっそ。」

素っ気無く返事をしてみたものの、正直心配でしょうがなかった。
今は初夏のじめついた気候が多くて、寒い日と暑い日が交互にくるような天気ばかり続いていた。体を壊すやつでもいるだろうな、と案の定、名前が風邪を引いた。

「義務教育を受けて8年、初めての風邪かも…」

鼻をすすり、熱のある咳を二度三度。表情からにして苦しそうである。だからといってどうすることも出来ないオレはただ、氷嚢を取替えるだけ。少しでも楽に睡眠を取れるようにできる限り気を使うつもりでいた。

「…ごめんね、才輔。わざわざ来てもらっちゃって」

「親が仕事なんだから仕方ないだろ。」

名前の親は共働きで今日はどうしても休めない仕事だったらしい。
丁度部活も休みだったオレが役を引き受けることになったのだ。名前の事が嫌いではない、むしろ馴染みだからこそこういう事が出来るのかもしれない。


「才輔、私死ぬかも…」

「何言ってるんだよ、まだ三日寝込んだくらいじゃ死なねーって」

「だって私、風邪とか一日で治るような人間だよ?」

そういえば昔から名前はあまり風邪を引かなかった気がする。小学校の6年間無遅刻無欠席を通し、皆勤賞を手に入れていた。思えばオレが寝込んだ時だって看病していた割にはうつらなかったし。免疫が強いのか、風邪に気づかない馬鹿なのか…。

「今飲み物持ってきてやるから、ちょっと待ってな」

「うん…」


普段は物凄い元気なのに弱弱しい返事がどことなく可愛く思えた。本人には言えないが。

台所に足を運び、冷蔵庫を開けると丁度スポーツ飲料水とリンゴがあった。ポカリスエットか、病人には少し濃いかもしれない。飲料水をコップに注ぎ、さらに水で薄めた。リンゴは切ったもので良いか、それもと擂った方がよいか。
どのみち幸はリンゴが好きだからどっちでも食べるか。オレはリンゴを大雑把に切り分けて皿のせて、名前のいる部屋に戻った。

「名前ー。飲みものとリンゴ持ってきたぞ。」

「おー…あー…ありがとー…」

「さっきより酷くなってないか?」

顔全体が赤くなって、目が虚ろだ。頭に手を添えると凄く熱い。変な汗も出てるし、ヤバイんじゃないか…?
オレは持ってた飲み物とリンゴを近くの棚の上に置いて、名前の枕もとにあったタオルで汗を拭いた。

「すっごい汗だな…」

「あぢー…さぶー…い」

「どっちだよ」

頭は熱くても体が冷えてるかもしれない。息が熱っぽいし、とりあえず飲み物だけは飲ませるか。
片手で、名前の頭を軽く持ち上げて口元にコップを持っていくとコクリと喉に通した。コップを口から外し、また枕にそっと頭を置く。

「今布団持ってくるから待ってろ」

「い…いらな…」

名前の言葉と同時にオレは服の裾をぎゅっと掴まれた。力が入らないというのに、布団の先から伸びた手が白くて震えている。虚ろんだ目がいつもの名前じゃないようにオレに視線が向けられる。

「…どうした?」

ドア向きになったオレの体を再度名前の方に向け、伸びた手に自分の両手で包む。するとこれでもかと真っ赤な顔で名前が笑顔になった。いや、現には少し疲れたような感じではあるが。

「才輔があっためてよ」


その言葉を聞く前まではオレはかなり心配していただろうに。


「そんなこと言えるようなら大丈夫だな」

「ダメ!死ぬ!才輔がいなかったら私溶けて死んじゃうよ!」

「だから死なねーって!」

「いーやーだー。ほら!才輔布団!人間タンポ!」

「勝手に布団にもタンポにもするな!」

「お願いだよー…さいすけ〜…」

振り絞ったように体を横に向け両手でオレの服、というか腰を掴む。ズボン落ちるって…。少しの間攻防戦を続けていたがとうとうオレが折れて仕方なく…仕方なくだ!…一緒の布団に入ることになった。ピンク色の布団に足を伸ばして幸に背中を向けるように寝転んだ。

「何でそっちを向くのさ…普通こっちでしょ!」

「いや、菌がうつるから」

「菌扱い!?」

出来るだけ、無表情に返答する。
けれど内心はすごく焦っていて、心臓がドクドクうるさい。
いくら幼馴染だからってこの歳になればそれは、意識するさ。
布団から名前ににおいがする。
それがまた自分を緊張させるのか、オレは普段より手が冷たくなっていた。
少し間がおいて、名前の規則正しい呼吸が聞こえたのでオレは布団から出ようと上半身を起こした。
と、とたんに名前の腕がぐるりとオレの腰に巻きついた。


「ちょ…ま…名前…!」

「いや、だって、出ようとするから」

「狸寝入りだったのかよ!」

「違うよ!寝るところだったのに才輔が出て行っちゃうから…」

「うっ…」

アンタは子供か!と言ってやりたいが風邪を引くと性格が退化することがるって、保健の授業で聞いたことがあるようなないような…。けれどこのまま寝てしまったら多分、幼馴染としてというより、男として…どうかと思うわけで。やはりオレも思春期の真っ最中。自分の理性を自分で抑えられるかが心配である。だからといって幸のお願いを無視するのも幼馴染としてはどうかと思う。
どちらを選ぶにしても我慢をしなければならないならばオレは幼馴染としての自分を取るべきなんじゃないかと自己解釈をした。その辺の飢えた男に成り下がるならば名前の傍にいて我慢をした方が自分とっていいかもしれない。いや、まて…何がいいのだろうか。

「頭いてぇ…」

自分でも何が言いたいのか分からなくなって頭痛がする。もうどうにでもなれとオレは半分あきらめと同時にまた布団に潜り込んだ。絶対に名前の方は向かないが。

「ねぇ、才輔」

「ん、」

「才輔ってさ、私の事好き?」

「…………は?」

「いや、私のわがままに付き合ってくれてるからどうなのかなぁってさ」

「いや、だって頼まれたから」

「じゃあ才輔は頼まれたらどんな女の子の布団の中にも入るの!?」

「そうじゃねぇえ!」


さっきまでの大人しかった名前は一体どこへいったのだろうか。顔を見やると真っ赤にして眉を吊り上げている。怒っているというよりは…。

「熱上がったのか?」

「話をそらすなー!」

「あー、はいはい。」

上半身を起こしてオレは名前の額にのったぬるいタオルを氷水で濯いだ。ふてくされたように名前はそっぽを向いてオレと目を合わせようとしなかった。冷たくなったタオルを額においてオレは再び幸の横に寝転んだ。

「才輔のばかやろう…」

「あー…」

この言動と行動からにしてオレは勘違いしていいのだろうか不安になった。もしかしたら名前はオレに好意を寄せているかもしれない?それは確実な真実ではないが、そう考えてしまうのがオレが名前を特別視しているわけか。もし、名前が本当にオレに好意を寄せているのであれば、このまま一歩近づけるというわけであるが、もし、そうでなかったら今より確実に遠くなる。究極の選択というわけだ。今のオレにそれは選べるのだろうか。
結局オレは名前を手放したくないわけで。近くにいて欲しいと思う。
それが幼馴染で、今まで一緒にいたからというのではなくて、また別の…恋愛対象として近くにいてほしいと願っていた。
それはいつからだっただろうか、ずいぶん前だったような気がする。
はじめからオレは名前に振り向いてほしくて今日の事だって引き受けたのだ。つまり、オレは名前の事がすきだ。けれど、それを本当に今言ってしまって大丈夫なのだろうか。今ほどガッツが欲しいと思ったことはない。

「何黙っているのよ。」

不意に名前がこっちに振り向いた。
幼いころ変わらない名前の結構短気な性格。変わったのは恋愛への好奇心だとしたら。オレは深く息を吸ってできるだけ、恥ずかしくない台詞で…。自分の気持ちを幸に言おうと思った。

「名前」

「な、なに?」

「あー…あのさ」

暑い…部屋が暑いんだか、布団の中が暑いんだかわからないくらい頭が混乱していて、真っ白になっていく。ただ、今言わなければこの先無いような焦りがあって。動かす口にすべてを任せてオレは口を開いた。


「好きな奴以外にこういうの、しないから…」


「…………………」


「…………………」


「…………………才輔のばか!!」


長い沈黙は名前の罵倒とともに消えた。
幸の顔は日が出るんじゃないかってくらい真っ赤で、こっちまで赤くなりそうだった。
すぐに名前は布団に顔を埋めて表情を隠し、背中が震えていた。ああ、終わったな、なんて乾いた笑いが口からこみ上げてくる。けれど、その次に名前がオレの首に手を持っていき、ぐいっとひっぱった。あっけと自分も布団のなかに顔を埋めるような姿勢になって、はじめて名前の顔が凄く近くでよくみえた。
その表情は恥ずかしそうな、でも口元が円郭になって。




「私だって好きな人以外に一緒に寝てとか言わないんだからっ」




今のオレ、すごい変な顔をしてると思う。とにかく、オレ達は今をもって幼馴染を卒業、一歩恋愛に近づいたということなのだろうか。舞い上がる気持ちを抑えられずオレは勢いで名前にキスをした。軽い触れるだけのだけど、今のオレにはそれが精一杯で、その後逃げるように布団から出た。

「オレ、喉渇いたからから…水貰に行ってくる」

「うん、」

見慣れた部屋を出て、ドア閉めた時、オレはガッツポーズをして一階におりた。








後日

オレは名前にウイルスをもらって寝込んだ。




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