プレゼント
『敦也にプレゼントね』
冬休みに入る前日。名前からマフラーを貰った。敦也のために作った。今年は寒いから、風邪引かないようにって。オレはその手作り感溢れるマフラーを不恰好だって笑った。そしたらあいつ、取り敢えず貰っておいてよ、って押し付けてきた。
家に帰ってから貰ったマフラーを首に巻いてみると士郎にタオル巻いてどうしたの?っていわれてなんだか腹が立ったから頭を殴っておいた。士郎は泣きながら母さんにしがみついたけどそんなの知らない。でもなんでムキになったのかわからない。
それから何故かオレはずっとマフラーを巻いていた。士郎と遊ぶときも家族で出かける時も。冬休みが終わって、学校が始まってからもずっとマフラーを巻いていた。名前は『巻いてくれたんだ』って嬉しそうな顔をしたから、オレは「勿体ないから巻いてやってるんだ」って言った。そしたらありがとうって言って、名前は教室から出ていった。
「敦也、さっきの独り言なに?」
「はぁ?独り言じゃねーし!」
士郎が変な事言い出したからまた頭に拳骨くれてやった。その日なんとなく周りの空気が重たかった気がしたけれど、その理由はわからなかった。ただ皆、元気がないだけ。冬だから、風邪でも引いたのだろう。けれど1週間が経ってみれば皆元気になって、クラス中もうるさかった。
帰りに、オレはいつも通り士郎と帰路を歩いていると突然、いつもより冷たい風が吹き始めた。士郎が寒い寒いっていうから仕方なくオレはマフラーを士郎の首に巻いてやった。
「いいの?大切なものなんじゃない?」
「いいんだよ。貰いものだし。兄ちゃんになら貸してやってもいい」
「ふふ…ありがとう、敦也。」
ふわってへたれた笑顔で士郎がオレの腕を掴んだから暑苦しいって言ったらボクはあったかいよって、言った。敦也は士郎より寒がりだからって母さんに言われた事を思い出す。士郎はオレが寒くないようにぎゅっとくっついてくれてるんだ。
「そういえば、最近名前を見ないな…どうしたんだろ」
「え…?」
「あ…士郎くんに敦也くんじゃない。」
「あ、名前…」
「?…こんにちは。」
暗い顔で歩く名前を見つけた。いつも明るくて皆のムードメーカー的存在なのに、最近学校で見なくなった。けど、ここにいるって事はずる休みだってことか? 名前は今まで風邪でも学校を休んだことなんてなかったからそんなことないと思っていたのに。
「ずる休みか!名前。いけないんだぞ!」
「あの…敦也くん…?」
「あつやぁ…なに言ってるんだよ?」
士郎が眉をたらしながら心配そうにオレの顔を見た。目の前の名前もなにがなんだかわかってない見たいで、オレだけ変人みたいじゃないか!
「敦也くん…」
「敦也、勘違いしてるよ…この人は名前じゃないよ?」
「はぁ?」
どこをどうみても名前じゃないか…。髪の毛だって…あれ?名前こんなに髪の毛長かったか?身長だってこんなに高くなかった…はず。でも名前じゃないか!顔は名前だろ…?あれ…?
「じゃ…じゃあ!」
「目の前にいるのはの名前のお姉さんで、名前は冬休みになる日に死んじゃったじゃないか」
『敦也にプレゼントね』
冬休みに入る前日。名前からマフラーを貰った。敦也のために作った。今年は寒いからって、風邪引かないようにって。オレはその手作り感溢れるマフラーを不恰好だって笑った。そしたらあいつ、取り敢えず貰っておいてよ、って押し付けてきた。
家に帰ってから貰ったマフラーを首に巻いてみると士郎にタオル巻いてどうしたの?っていわれてなんだか腹が立ったから頭を殴っておいた。なんでムキになったのかわからない。
「マフラーだよ。たしかに見た目はタオルっぽぃ…んなわけねーだろ!バカ士郎!」
それからオレはずっとマフラーを巻いていた。士郎と遊ぶときも家族で出かける時も。
冬休みが終わって、学校が始まった時、なにやらしんみりした空気が学校中を囲んでいた。
『残念なお知らせがあります。』
クラス担任の先生が泣きながら一枚のプリントを読み上げた。
――年――組――苗字――さんが――――により――ました――。
よく聞こえなかった。誰がなんだって?
――年――組――苗字名前さんが――――により――ました――。
名前が?名前になにがあったんだ?
――年――組――苗字名前さんが――事故により――ました――。
事故?階段でも踏み外したのか?名前はおっちょこちょいだからな。
――年――組――苗字名前さんが
交通事故により亡くなりました――。
「士郎…名前は?」
「名前は交通事故で死んじゃったんだよ」
「じゃあ…じゃあ…」
「敦也、あの独り言って名前に言ってたの?」
「ひとり…ごと?」
だって冬休み明け、名前と話したのに…。あれはオレの独り言だったのか?名前はもともとあの日いなかったのか?
「…そのマフラー」
ふと名前の姉ちゃんが士郎に貸したマフラーを指した。これは名前に貰ったもの。初めてのプレゼントだ。
「オレのだよ。今、士郎に貸してる。」
「そっか…ちゃんとつけてくれてるんだ…。」
名前の言葉に聞こえる。頭に重なる、オレの幻聴。
聞きたかったありがとう。言いたかったありがとう。
「名前、ずっと…敦也くんにあげたいって言ってたから…」
名前の姉ちゃんがめいっぱい笑った。でもわかる。本当は悲しいんだって、名前はムードメーカーだったから。
本当は泣いていたんだ。いっぱいいっぱい
「…なさい…ごめん…名前…名前…」
「敦也…」
冷たい空気がオレの首をしめる。ぶるりと体が震えた。士郎は自分の首に巻いたマフラーをはずしてオレに巻いた。ぎゅっとあたたかい。ほつれた白いマフラー、ちょっとだけタオルにみえるけれど、オレにとって大事なマフラーなんだ。
「風が冷たいね。早く帰ろう…」
「…またね。士郎くん。敦也くん…」
士郎がオレの分まで挨拶をして、オレたちはまた帰路を歩き始めた。その道は今まで通った事がないようなくすんだ道に見えた。ぽんぽんと士郎がオレの頭を撫でるとオレの足がぴたりと止まった。今まで我慢していたものが溢れ出るようだった。
「うっ…うぅ…」
「敦也、名前の事大好きだったんだね。」
「にいちゃ……オレ…名前に…名前にぃ…」
目尻から流れる何かが手袋を伝って冷たかった。止まらない、いくら泣いても名前にはもう会えない。士郎が…、兄ちゃんがぎゅっとオレを抱きしめて、オレは大声で泣いた。 人が死ぬってこんなにも悲しくて、こんなにも寂しいんだって知った。
ただ、名前がくれたプレゼントがオレをあたためてくれた。士郎の頬が冷たくて、でも真っ赤で。
くずれた目尻を擦りながらオレと士郎はまた歩き始めた