「私、轟くんのこと…好き、なの」
「わりぃ、今そういうの考えらんねえんだ」


乾いた空気が冷たく刺さる様な冬の日だった。
いっそ雪でも降っていれば、情緒もあっただろうに。

うん、ごめんね、聞いてくれてありがとう
これからも良いクラスメイトで、いようね

彼から承諾以外の言葉なんて出るわけがなかった。
「実は、俺も」なんてほんのちょっとでも期待した私は、本物の大馬鹿だ。

おわった
終わったんだ
私の恋はこの日、この瞬間、過去になったんだ
そう、すべき、なんだ。


あれから彼を想っては何度も泣いた。
ドキドキしながら彼と話した事、ほんのちょっとの仕草に恋い焦がれたこと。
朝一番にあいさつできた!移動教室の時に一緒に行けた!プレゼントしたお菓子を食べてくれた!
何もかもが輝いてた。それと同時に不安でいっぱいだった。
またあの子と話してるな、私と話してる時より楽しそう。今日は機嫌が悪かったのかな、なんだか会話がそっけなかった。

きもち、わるいなぁ
我ながら周りが見えていなかったようだ。相談していた友達たちにおだてられて、ううん、彼女たちは悪く無い。なんにも見えなくなって暴走した私が、悪い。
…わるい?想いを伝えることってそんなに悪いことなの?


「ナマエちゃん、大丈夫?」
「梅雨ちゃん、わたし、もう誰も好きになりたくない」


自分自身が嫌いになる。
彼が好きにならない私はいらない、今の私は誰にも愛されない。
そんな考え間違ってるって頭では理解してる。してるのに。
こころが付いて行かない


「すきだったの、ほんとうにっ、でも、もう好きでいちゃ、だめなのに」
「うん、うん」
「やだ、もうやだよぉ」
「泣いて大丈夫よ、ナマエちゃん」


何もかもが嫌になった。泣いて泣いて、泣いてる自分が滑稽で、また泣いた。
もうずぅっと泣き続けて、心も頭も溶けきっちゃうんじゃないかって程に
ああ、やっぱりそれ程彼を、轟くんを好きだったんだわ


「好きでいてもいいんじゃない?ナマエちゃんが好きでいることは罪じゃないんだから」
「いいの、かなぁ」
「自分でも気づいてるんでしょ。どうしようもないんだって、蓋をして隠れるような思いじゃないって」


ストンっと何かに落ちるような感覚だった。
そうか、もう彼と想いが通じることはないけれど、この気持を捨てる必要はないんだ。
ゆっくりでいい、今の好きを、何時かの好きだったに変えられるまで。自分で自分の気持を受け入れて、恋していた時の何倍も時間がかかるかもしれないけど、それでも、投げ捨ててしまうよりずっと綺麗な思い出になる。そう、思えた。


「梅雨ちゃん、聞いてくれてありがとう。ゆっくりだけど、がんばってみる」
「そうね、くれぐれもストーカーにはならないようにね」
「なっ、らないよ!失礼な!…轟くんに嫌われるようなことはしない、よ」
「なら、私も見守るわ」


その時からかもしれない。彼を目で追っては泣きたくなる気持ちが軽くなってきたのは。
一朝一夕で昇華できる想いではないけれど、だけど確実に少しずつ彼への気持の在処を整理できるようになった。
それが、もうすぐ冬休みだとクラスメイト達がはしゃぐ時期だった。


年も明け、憂鬱なテストを乗り切り、さあ後は学年を上るだけ。
来る新学年に不安と期待に挟まれ、膨らみ始めた桜の蕾に視線をのせる頃、私の心は安定していた。
最近では友達との会話に彼の話題がのぼっても挙動がおかしくなったり、気分が沈んだりしなくなった。
幸か不幸か、轟くん自身もあの日以来何事もなかったかのように接してくれる。
それが嫌で嫌で仕方がなかった時もあったけど、それも彼なりの優しさなのだと受け入れる日が来たのも思ったより早かった。


「最近、よく笑うようになったわ、良かったわね」
「ありがと梅雨ちゃん。色々聞いてもらったおかげ!」
「あとは次の恋が早く来るといいのだけどもね」
「やだよぉ、暫くはそういうのいらない!私もヒーローになるために切磋琢磨しなきゃ!恋してる余裕はありませーん!」


そう言って笑っていたのは、梅雨ちゃんの好きな雨が続く時期。
…つい最近のことだからよく覚えてる。
もう、暑いねー早く衣替え来ないかなーって毎日のように言っていた。



「ミョウジ、次グループ同じだ。一緒に行こう」
「あ、うん。いいよー行こうか」

轟くんとだって、ちゃんと、普通に話せるようになった
そうなれる様に頑張ったんだ


「いざ衣替えするとちょっと寒くなるよね、まだ長袖着ればよかったかな」
「昼すぎれば熱くなるだろ」
「それもそうなんだよねぇ、気温差やだなぁ、体調面とか気をつけないと」
「ミョウジ、ちょっといいか」
「ん?」


彼がいやにゆっくり歩いていたせいで、移動教室だというのに周りにクラスメイトはいなく、怖いぐらいに日当たりの良い廊下には私と彼の二人きり。
おろしたての様な真っ白な彼の夏服が眩しい。
光を透かす白い髪が、何かを語るように揺らめいているのがヤケに鮮明に見えた。


「…ミョウジ」


ああ、止めて欲しい
何の確証もない警報が頭の中で鳴り響く


「まだ、オレのこと、好きか?」




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もう一度、私に泣けというのか


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