「もう、私、いらなくなったの…?」



酷く頭が重い
自分で放った言葉が自分自身に突き刺さる
胸が、痛い

それでも時間は戻せない
ああ、もしも、もしも今願いを叶えてもらうとしたら、時間を戻して欲しい

ひどい言葉を吐く前に
昨日の彼らを見る前に
彼と同じ時間を過ごす前に

…彼を好きになる前に


どうか、どうか
今この瞬間の全てを否定して

目の前で悲しいような、憤りを隠せないような
今まで決して私には向けなかった顔をしている彼は幻だと言って

誰か たすけて



「ナマエ、お前何言ってんだ」
「ミョウジさん、誤解ですわ、私達はそんな…」
「ナマエちゃん、しっかりして…ナマエちゃん?」


遠い、とおいの
確かに側にいるはずなのに
ここに、いるのに
何もかも遠く感じる
自分自身の身体でさえ離れていくような、怖くて悲しいはずなのに、どこか鈍い
濃すぎる霧の中にいるような、見えない壁に覆われているような…


「ごめん、わたし…ごめんなさい」
「ナマエ、待て、話を聞いてくれ」
「いいの、いいの…ごめんなさい。私が、私が間違ってたの。ぜんぶ、まちがってた」
「ナマエ!」
「ナマエちゃん、轟くんの話を聞いてあげて、本当のことを聞くんでしょう?」
「ほんとの、こと…」


本当ってなに
なにが嘘で本当なの
これ以上怖い思いをしなきゃいけないの?


「何してる、席につけ。HRは始まってるぞ」


せんせい、ああ、先生が来た。席につかなくちゃ…


「ナマエ!」
「………」


ぼんやりした頭のまま席に戻ろうとすると、轟くんに腕を掴まれた。
触れた場所が熱い様な、きりりと痛む様な、少なくとも今までとは違う感覚で…
あれ、今まで私、どんな風に感じてたんだろう
…わからない、思い出せない。少なくとも、ここまで胸は傷まなかったはず


「ナマエ、話がある。後でちゃんと聞いてくれ」
「………」


はい、とも、いいえ、とも言えなかった。
轟くんの話はきっと真実に近いものなんだろう。
でも、私が昨日見たものも事実。
なにが本当なのか、なんて、考えたくもない


ふらふらと席に着いたのはいいものの、先生の話が頭に入ってこない。
幸いまだ泣いてはいないものの、鼻の奥がツンと熱すぎて、顔を俯かせてしまう。
いやだ、情けない。こんなことで…


こんな…こと……なの?



「ミョウジ、どうした具合悪いのか」
「……!…いいえ、大丈夫です」
「そうは見えねえな。そんな面でいられても迷惑だ。保健室行って診てもらえ」
「だい、じょうぶです」
「担任命令だ。行け」
「………はい」


先生に言われ、渋々と教室を後にする
何も考えたくなくて誰の顔も見れなかった。
パタンと教室のドアが閉まる音がするまでは我慢した


「…っ、っ!」


閉めきった後は止められない涙が頬を流れた。
悲しいのと、情けないのと…怖いのと。
胸が抉られる様な、冷たい何かに侵食される様な…何度も震える息を繰り返して保健室に向かう。
この痛みはリカバリー出来ないと分かっていながら…








「何があったかは聞かないよ。アンタたちはまだ若い。今色んな事を感じ取る時期だ。その痛みもいつかはいい経験に成る。…受け入れろとは言わないが、せめて向き合いなさい。今アンタに出来ることはその位さね。」
「……はい」
「あとは寝ることだね!寝不足は女の大敵だよ!1日位授業に出なくても問題ないさ。…ゆっくりお休みなさい。」
「…はい、ありがとうございます」


ぐちゃぐちゃに泣きはらした顔で来た私を、リカバリーガールは深く追求せずに気遣ってくれた。
年の功とは大雑把過ぎる言い方だけど、ヒーローとしても女としても大先輩の彼女から見たら大体の察しは付いているようだった。その上で休ませてくれるんだから、優しい人だ。


「………」


ベッドの中から無機質な天井を見上げる。
何もすることがないと嫌でも耳がすんでしまう。
開いている窓から風が入り、カーテンを揺らす。どこかのクラスが音楽の授業をしているのか、ゆったりとした曲が流れ込んでくる。一つ一つの音を追って頭の中で繰り返す。だんだんと意識が遠のいて、全ての感覚と切り離される。

ふかい、深い、眠りへの誘いにあがらうこと無く瞳を閉じる
くらい、暗い、それでも現実よりは心地好い夢の底へ…





ぼやけた輪郭が見える
その人の声が反響している
あまりにも抽象的なのに、その姿に、声に、どうしようもなく惹かれる

ああこれは、あの日の彼の姿だ
普段は鋭い目つきを泳がせて、どこか迷子の子供のような雰囲気を纏った…

『そばにいてほしい』
『すきだ』

今の私の原点とも言える
あの日から私の世界の中心は彼のものになった

楽しい時も悲しい時も彼と一緒だった
これからもそうなんだと思っていた


あどけない夢だった



轟くん
とどろきくん…
私の中で貴方のいる場所が多過ぎて、幸せで、辛い


貴方がいなくなってから私が私でいられるのか怖いよ
轟くん…
暗い、苦しい、世界が押しつぶされそう








重い暗闇の中でふと温かみを感じる
自分の何処が暖かいのかもわからず、ただただその体温を求めて浮上する



「………?」



最初に感じたのは頬に感じる熱い体温
そして、唇にやわらかすぎる圧力
左の掌に絡まる、無骨な指

目を開かなくても、分かる



「…とどろき、くん」
「っ、悪い…」


何に対する謝罪かは分らないけれど、手を放す気はないらしく、私の目が覚めたのを確認しても尚握りしめてくる。
暖かい、好き、この手が、彼が、好き



「ナマエ、昨日のことなんだが…」
「轟くん、好き」
「!」
「あなたが誰を好いていても、貴方が好き。ごめんなさ…!」


言い切る前に、また唇に暖かな感触
目の前は彼でいっぱいで、鼓動が駆け足になって…


「あ、とどろきくっ」
「ナマエ、…やっと言ってくれたな」
「え?」
「ずっと、あの日から、ナマエの気持ちを聞けてなかった。半ば強引に付き合ったから…もしかしたら俺のこと好いてねえんじゃねぇかと」
「そんなこと…」


すり、と私の首筋に顔を押し付ける彼はどこか幼気で、胸がきゅんと締め付けられる。


「俺は日を追うごとにナマエが好きになってくのに、ナマエからは何も言わねえから、焦っちまった」
「とどろきく…」
「呼び方もだ。俺は名前で呼んでるのに、ナマエは俺のことを変わらず苗字で呼ぶじゃねえか」
「え、」
「…女々しいだろ。お前が誰かと一緒にいるのも気になっちまう。何とか気を引きたくて他のやつと話してもお前は目もくれねえし」
「……そんなことは」
「昨日のこともだ、俺に聞いてきたと思ったら自己完結してやがるし。すげぇ焦った。」


一瞬、また昨日の光景がフラッシュバックしてギリっと胸が痛む。
でも、今の彼を見ていると、不思議と心が落ち着いた。視界も朝よりも遥かに澄んでいる。


「昨日、八百万さんと…」
「ああ、一緒にいた。記念日のプレゼントを買いに付き合ってもらった。お前以外の女で話するのは八百万位だからな。女の欲しがるもんなんてわかんねぇし」
「…え、記念…日?」
「…お前、やっぱり頭に無かったな」


視線をこちらに向け、頬を私の胸に押し付けるようにして少し不貞腐れたような表情を見せる。
今日は色んな表情を見せれくれるのね


「もうすぐ3ヶ月だ。付き合い始めて」
「!…あ、」
「普通女ってそういうの煩えんじゃねえのか?1ヶ月の時も2ヶ月の時もなんも言ってこねえから、まさかとは思ったけどよ」
「ご、ごめん」
「挙句わけわかんねえ事言いやがって…いらなくなるわけねえだろうが」
「だ、だって、今までにない事だったし、なんか二人の態度がおかしかったから!」


今朝の彼と八百万さんの反応は明らかにおかしかった
それ以上に私がおかしかったからってものあったのだろうけど…


「…驚かせたかったんだ。頭にないなら、忘れられねえような事してやりてぇって思ってな。八百万にも釘さしておいたんだ。絶対気づかせるなよってな。」
「つまり、サプライズしたかったってこと?」
「見事にお前に無茶苦茶にされたけどな」
「ご、ごめん!でも充分ビックリしたよ!本当、心臓に悪いぐらいに」

多分、彼が意図したサプライズではなかったのだろうけど…



「…妬いたのか?」
「え?」
「八百万と俺が一緒にいて、妬いたか?」


好戦的で僅かに不安げな目で見つめてくる彼の頭をそっと撫でる。
普段より少し高い体温に胸のドキドキが加速する。なぜ不意に撫でたのかはわからない。ただ何となく、彼がそうして欲しそうに見えたから、のと、私がどうしようもなく彼に触れたかったから…


「私ね、ずっと自信がなかったの。貴方の側にいるのが私でいいのか…もっと相応しい人がいるんじゃないかって。だから、八百万さんと一緒にいたのを見た時も…妬いたっていうより、悲し、かったかな。ああ、やっぱりそうなのかなって…貴方のことを考えれば、身を引くべきなのかもしれない。お別れを告げられても仕方ないって思ったの」
「ナマエ…!」
「でも、ね、だめだった。やっぱり貴方が…焦凍くんが好き」
「!」

「今まで言わなかったのが不思議なくらい、好きなの。」
「ナマエ」
「ねぇ、私の世界、焦凍くんでいっぱいだよ。いなくなったら壊れてしまうんじゃないかってぐらい。」
「……っ」
「今ここに焦凍くんがいてくれて夢みたい。嬉しくて、どうしようもない。好き、大好き」
「ナマエっ!」


勢い良く私を抱きしめる。
私も、今の想いを伝えるように彼にしがみつく
身体がベッドと焦凍くんに挟まれて、ぎゅうぎゅうで苦しいけど、幸せ、すごく


「俺も、好きだ。ナマエが。押さえるのがしんどいぐらい好きだ」


彼の言葉がくすぐったい
やがてどちらともなく鼻先を合わせ、お互いの吐息を感じ合う


「焦凍く…」


近すぎる距離が愛おしくて、閉じた瞼から涙が零れそうになった時
そっと上唇を啄まれ、そのまま全体を味わいつくされる

唇以外の感覚が消え去るぐらい
吐き出す息は彼に吸われ、堪らず空気を吸い込むほどに身体中が彼に侵食されるよう
下唇をはむごとに脳が痺れ、濡れた粘膜が合わさる度に涙が溢れる

時折聞こえる彼の息遣いと、私を呼ぶ掠れた声に背筋がぞわりとざわめく。
堪らず彼の名を呼ぼうとしても途中で遮られ、彼の口に持っていかれる。


ああ、
ああ


「…すき」
「…ああ、俺も、だ」


なんて眩しい半透明な世界
窓からの風は穏やかで、遠くはない場所で何時限目か分からない鐘の音が流れる
もう少し、あと少し
お願い、時間よ、止まって…








「結局、何を買ったの?」
「…内緒だ」
「ええ、もうサプライズじゃないのに?」
「当日まで待ってろ」
「…じゃあ、私も何か用意するね。何がいい」
「本人に聞くのは反則じゃねえか?」
「んー、じゃ私も誰かと買いに行こうかな、上鳴くんとか切島くんあたりに」
「ダメだ。俺と行くぞ」
「…本人と買いに行くのは反則じゃないんだ」
「ギリセーフだ」
「ふふ、じゃ、一緒に買いに行こう。次の記念日も、その次も、これからずっと」
「…ああ」



轟焦凍の情人は羨望の念を禁じ得ず・後
あなたの側にいたい

リクエスト:後編 轟くん夢、八百万さんに嫉妬で最後は抱擁かキス


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