見ちゃった。見てしまった…。
休みの日に、街で、轟くんと八百万さんが仲良さそうにショッピングしているのを。
ああ、あああ、ああ…


「ナマエちゃん大丈夫?」
「梅雨ちゃん、聞いてくれる?」
「内容によるわ」
「昨日の休みにさ、見ちゃったんだ、轟くんと八百万さんが街でデートしてるのを」
「…人違いじゃないの?」
「あんなにも目立つ人たちを見間違える?」
「ないわね」


あの時の光景を思い出す度に胸が痛くなる
だって…


「ただ街で偶然会ったんじゃないかしら?だって轟くんはナマエちゃんの彼氏でしょう?」


そう、私と轟くんは所謂カレカノという関係だ
今まで私もそう思ってた


「私、先週轟くんにさ、今度の休みに会おうって聞いてたんだよ」
「仲いいわね」
「そしたらさ『一日中用事が入ってるから無理』って言ってたの。」
「…その用事って」
「多分、八百万さんとデートなんだろうなぁ」
「デートって…彼氏を信じないの?」
「ぐっ…」


まっすぐにコチラを見つめてくる梅雨ちゃんの目が痛い!
ヤメて!私今傷心中!!


「し、信じたいけど、でもさぁ」
「でも?」
「相手が八百万さんだよ?クラスのマドンナだよ?スタイルも顔も頭も身体能力も…個性も私より上なんだよ!?品行方正・文武両道を地で行く我がクラスの副委員長だよ!?……誰だって、彼女の方が魅力的に見えるよ。私だって男なら八百万さんとお付き合いしたい」
「ナマエちゃんは女の子だし、充分魅力的よ」


梅雨ちゃんがやさしい手つきで頭を撫ででくれる。余計に目頭が熱くなるよ


「うぅ、ありがとう…じゃなくて!私、よく考えてみたの…そしたら気づいたの!」
「凄く嫌な予感がするけど、聞くわ」
「…私と轟くんって、実は付き合ってないんじゃない?だってあの轟くんの彼女が私とかおかしいでしょ。言葉では言い表わせないぐらい素敵な人だよ!?そんな彼の相手なんてそれこそ八百万さんぐらいじゃない?むしろ何で今まで私と彼が付き合ってるなんて思っていたのか…おこがましい!恐ろしいわ!」

「落ち着いて、思い出してナマエちゃん。告白してきたのは、轟くんの方よ」
「…それも考えてみたら、八百万さんに告白するための練習台だったんじゃないかと思うの。今まで色々してきたのも……練習で…、でもきっと八百万さんと上手くいったから、私はもういらなくて、…用済み、で……」
「…本気でそう思ってるの?」
「だって…、そうじゃなかったら…」


そうじゃなければ、あの光景はなんだったの?


「本人に聞いてみましょう」
「と、轟くん…に?」
「そうよ」
「で、も…」


怖い


「私も付いて行くから、こういうのは本人に真相を聞いたほうがこじれないものよ」
「…………わかっ…た」


梅雨ちゃんと二人、轟くん達の席の近くまで移動する
八百万さんの席は彼の隣で、必然的に視界の中に二人が収まる
やだな、たったこれだけの事なのに、すごく辛い…

今すぐに逃げ出したい私を励ますように、梅雨ちゃんが背中を軽く押す
教室で話しかけるなんて、今まで当たり前のようにしていたことなのに…今は声の出し方でさえ忘れてしまったかのように身体が固まる。
少し前から私達に気付いていた轟くんの目を見ることが出来ない。
いつもは好きで好きで仕方がない目なのに、ずっと見ていたい筈なのに…
今はただただ怖い


「と、轟くん…あの、さ」
「どうした?」
「あ、昨日…昨日なに…してたの?」


何を言われるか考えもつかなくて、肩に力が入ってしまう
私の言動が不自然すぎて轟くんも八百万さんも怪訝な顔をしている。


「…なんでだ?」
「…え?」
「なんでそんな事聞くんだ」


まさか、そんな返事が来るとは思ってもいなかった。
視界の端で八百万さんがそっと目をそらした様に見えた


「な…んでって、聞いちゃだめだった?…聞かれたら不味い事でもしてたの?」
「…何が言いてぇ」
「…正直に言ってよ。なに、してたの」
「別に、なにも」


別に…?なにも…?


「なんでウソつくの」


何で隠すの


「っ、八百万さんと、いたんでしょ」
「!…だったら、どうした」
「っ!」


頭の中が一気に真っ白になる
視界が靄がかった様で、周りの声も頭の中で反響するだけで何も聞き取れない
梅雨ちゃんと八百万さんが何か言ってる気がするけど、それすらも不協和音の一つとしてしか受け取れなかった

まだ、まだ事の真相は聞いてないじゃない
もしかしたら本当に何もなくて、ただ偶然会ったたけで…
たまたま私がそれを見ただけで

聞かなきゃ、話をしなきゃ、
軋んだような身体と頭を必死に繋ぎ止め、ようやく出した言葉は酷いものだった



「もう、私、いらなくなったの…?」



轟焦凍の情人は羨望の念を禁じ得ず・前
夢ならどうか覚めて欲しい

リクエスト:前編


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