「糸が…ない…」


ここ最近、中学の頃のように頻繁にボタンの糸を付けに来るかっちゃんの為に、すぐ出せる様にと机の上に置いといたオレンジ色の糸がない。
通う学校の違う今の私にとって、かっちゃんとの繋がりはあの糸だけ。


「お、お母さん!机の上にあった糸知らない!?」
「ああ、あの糸ね。随分昔に買ったやつでしょ?大分短くなってたし掃除した時に捨てちゃったわよ」
「え…」


目の前が真っ暗になった。
どうしよう、かっちゃんに何て説明しよう、とても捨てちゃったなんて言えない。もしかしたら、呆れてもう来なくなるかも…


「(そしたら、もう、かっちゃんと会えなくなる…?)」
「ナマエ?顔色悪いけど大丈夫?」
「うん、へーき…」


そうだよね、かっちゃんはヒーローの中でもトップを狙えるような人だもの。
私とずっと一緒にいるわけない、あの糸があってもその未来は変わらない

酷い脱力感が襲う
目の前が暗くなるような、身体が重くなったような、そんな感覚


いつか、かっちゃんの中から私が消えて
私の中からかっちゃんが消える時が来るのかな

「(そんなの…いやだ、な)」


それでも、今の私にはどうすることも出来ない。唯一の繋がりを絶ってしまった以上、悪あがきも出来ない。


「(ああ、連絡した方がいいかな。顔合わせて言うなんて出来そうにないし。)」


重い足取りで部屋に戻り、携帯を握りしめてメッセージを打っていく。
慣れた作業なのに、何度も打っては消しを繰り返してしまう。

「(かっちゃん、あんまり長い文章好きじゃないからな…)」


簡潔に、糸が失くなってしまった事、もうあの糸でボタンを縫えないこと、最後に謝罪と今までそばにいてくれた事へ感謝の言葉を入れて送る。
返事、くれるかな…多分くれないだろうな
最悪、くだんねぇの一言で終わらせちゃうかも。…かっちゃんならありえる。


「………はぁ、」


重苦しい息が溢れる。今は何もしたくない、何も考えたくない。








「ナマエ、勝己くんが来てるわよ!」
「え!?」

何もしたくなくて暗くなるまでボンヤリとしていると、突然かっちゃんが来訪してきた。
え、ももももしかして怒りに来たのかな!?
嫌だな、嫌われてサヨナラなんて悲しすぎる


「オイ」
「あ、かっちゃん、あ、あの…ごめん!あの糸、私の不注意で…失くしちゃって…だから、あの…もう来なくても大丈夫だよ」
「あ?」
「ごめんね、こんな事なら初めからかっちゃんに渡してればよかったね!お気に入りの糸だったのに…」


唯一の私たちの繋がりだったのに


「何言ってんだお前」
「え?」
「オラ、さっさと受け取れっつの」


そう言って私の前にグイッと袋を出してくる。
白いビニール袋の中には見覚えのある小振りの紙袋。
これは…


「あの手芸屋さんの…?」
「似たような色多過ぎなんだよ。似た色片っ端から買ってきたっつの」
「な、なんで…?」
「アァ?お前が糸失くしたからだろーが!」
「じゃなくて、何で…私に?」


お気に入りの糸を手に入れたなら、わざわざ私のところにくる意味なんて…


「何言ってんだお前。ナマエが付けんだからお前が持ってねーと意味ないだろうが」
「……いいの?」
「何がだ」
「これからも私がボタン付けていいの?そばにいてもいいの?」

「…お前、あのわけわかんねぇ謝罪と礼はくだんねぇ事考えた結果か!?何1人で勝手に決めつけてんだ!!お前が嫌だっつってもやらせるからな!!」
「あ、かっちゃん!」


余りにもかっちゃんの勢いが強くて、少し身を引いてしまった。それが気に食わなかったのか、腕を掴まれて押し倒される。え、なに、なんでかっちゃん怒ってるの


「…かっちゃん、どうしたの?」
「…るせぇ」


こんなにも近いかっちゃんの顔いつぶりに見ただろう。
凄くドキドキするけど、もっとそばにいたいとも思う。
かっちゃん、やっぱり私、かっちゃんの事好きだよ


「かっちゃん、私…ね、かっちゃんのこと」
「黙れ、…オレが先だ」


腕ごと強く引っ張られて抱きしめられる。
その勢いのままかっちゃんの背中に手を回す。
背中、おっきいな


「一回しか言わねぇ」
「うん」
「オレのモンになれ、ずっとオレだけ見てろ」
「かっちゃん、」
「好きだ」


じん、と目と胸の奥が熱くなる
痛いくらいに抱きしめられて嬉しいだなんて


「かっちゃん、かっちゃん、すき、私もかっちゃんが大好き」


ボヤけていく視界の端で、かっちゃんが買ってきた糸束が見える


「本当、いっぱい糸買ってきたんだね。これを使い切るまで一緒にいれるね」
「使い切る前にまた買ってくるっつーの」



爆豪勝己の糸+
私の運命の糸はオレンジ色

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