「おめでとう、ナマエちゃん。私嬉しいわ」
「うん、ありがとう梅雨ちゃん。情けないトコいっぱい見せちゃったのに」
「そんなことないわ。明日会う約束したんでしょ?どこに行くかは知らないけど、楽しんでね」
「ありがとう」


昨日、バレンタインの前日だったけど、轟くんとお付き合いすることになった。
こんなことってあるんだな、朝起きた時も実は夢だったんじゃないかって疑ったし。
実際今も実感がわかない。というか、恋人同士ってなにするんだろう?クラスメイトとは違った関係になるんだろうけど、今まで付き合ったことがないからどうしていいかわからない。


「でも、せっかく付き合ったのにバレンタイン当日に会えないなんて…なんだかもったいないわね」
「仕方ないよ、急だったし…私は梅雨ちゃんと一緒にいるのも好きだし」


轟くんに想いを伝えた後、ちゃんとチョコを渡したいって提案したのは私だし。
流石に砕けたクッキーのカケラで終わらせるのは申し訳ない。
本当は昨日の夜に作って今日渡したかったけど、轟くんが今日は家の用事があるらしく会えるのは明日とのこと。
それならば、今日一日使ってしっかりとしたチョコを作ろうじゃないかと意気込んたワケだ。
梅雨ちゃんも「お手伝いさせて」って言ってくれたし、全然寂しいとは思わない。


「そういえば、轟くんってお父さんがプロヒーローだったわね、もしかしたら事務所関係の用事かしら?」
「あー、ありそう。凄い人気だもんねエンデヴァーさん」
「事務所に届いたチョコレートの処分の手伝いって感じかしら?」
「その著名人達の裏側ってあんまり見たくないね」
「仕方ないわ、流石に何千のチョコを食べるわけにはいかないもの」


昨日の轟くんのプレゼントへの扱いを見るとなんとなく想像がつく。仕方がないとはいうもののなんだか遣る瀬無い。


「プレゼントって渡すことに意味があるものだと思うわ。その後どうなるかなんて考えちゃダメなのよ」
「梅雨ちゃんって結構シビアだね」
「誰かに本気でプレゼントしたこと無いから言えることなのかもね。ああ、そうだわ」
「ん?」
「はい、これ。昨日渡すタイミングが無かったから。当日渡せて良かったわ」

彼女が鞄から取り出したのは小さな袋。なんとなく中身は検討付いている。

「実は私もね、用意してるんだ」
「あら、今作ってるのじゃないの?」
「梅雨ちゃんのは最初に作った時にちゃんと用意したよ!はい、遅くなったけど」

お互いに包みを渡しあう。それは小さなものだったけど、なんだか心がほっこりした。


「ナマエちゃん、前言撤回するわ」
「え?」
「やっぱりプレゼントは受け取ってもらって喜んでもらいたいわ。私今チョコを貰ってとても嬉しいし、ナマエちゃんが私のチョコを喜んでくれてとても幸せな気分になったもの」
「…そうだね、私も今幸せだよ。だって大好きな梅雨ちゃんからの贈り物だもん」
「ナマエちゃん、もう一度言うわね。…おめでとう、轟くんが貴女の想いと贈り物を受け入れてくれて本当に嬉しいわ。」
「梅雨ちゃん…、ありがとう」
「さあ、今日はもっと気合を入れて作るのでしょう?早くしないと日が暮れちゃうわ」
「うん、出来たら少し2人で食べようか。美味しいお茶買ってあるんだ」
「あら、素敵な提案ね」


その後、無事チョコレートも仕上がり、一足早く梅雨ちゃんと一緒に試食した。
クラスメイトや授業とかの他愛もない話で盛り上がり、凄く居心地のいい時間だった。


「それじゃあね、明日頑張ってね」
「うん、ありがとう」
「手を出されそうになったら上手く逃げるのよ、襲われてもいいなら何も言わないけど」
「何も起きないよ!?大丈夫だよ!?」
「わからないわ、彼も男の子だもの。それじゃあね、また学校で」


不安になるようなことを残していった彼女。いや、多分轟くんに限ってそんなことは…ないよ。うん、大丈夫、大丈夫!

それでもなんとなく梅雨ちゃんの言葉が頭の隅に引っかかって夜までボゥっと過ごしてしまった。


「(恋人同士だもんな…手ぐらい繋ぐかも?あとは…キス、とか…?……ヤダ!無理!恥ずかしすぎる!!)」

部屋で明日のことを考えてはモンモンとする。堪らずベッドに身を投げだして枕を抱きしめて心を落ち着かせようとする。

「(大丈夫よ!会ってチョコを渡すだけだもん、何も起きない何も……)」

それはそれで寂しい。でも、でも!と勝手に盛り上がっては落胆し、興奮しては頭を冷やすを繰り返しているうちに夜が更けてしまった。
部屋でジタバタしていると母親に叱られ、一旦お風呂に入る。そこでもまたモンモンとしてしまってつい長風呂してしまい、上がった時には既に日が超えそうな時間だった。


「あれ、通知着てる」

お風呂に入っている時に誰かから連絡があったようだった。
何気なくチェックすると、頭のなかで色々と妄想していた相手でビックリした。


「轟くんからだ…!明日の連絡かな?」

急いで内容を見ると、まだ起きているか、と今の私の状況を確認するものだった。なんて律儀!
髪も乾かさぬままに携帯をいじり始める。

「まだ起きてるよ、明日楽しみだね…よし、送信!」

返事はなるべく開けたくない、手慣れた作業だけど一文字一文字確認してメッセージを送る。
明日何着て行こうかなと考え始めた時、部屋に着信音が鳴り響く。
画面に映る相手の名前に鼓動が早くなる


「も、もしもし」
「ミョウジか、悪いなこんな時間に」
「ううん、大丈夫だよ!何かあった?」
「……ああ、今出れるか?」
「え?」
「家の近くにいるんだ」


彼の言葉に部屋の中で固まってしまう
家の、近くに、だと!?


「もう遅いから無理ならいい。ただ、会えそうなら…会っておきたくて、な」
「…!あ、ちょっ!!ちょっとだけ待ってて!今どの辺!?」
「……家の前」


頭のなかに一瞬ホラーな話が通ってたが、今はそんなこと考えてる場合じゃない


「え!な、中入る!?親はもう寝ちゃったかもだけど…」
「……それは、まずいだろ」
「(まずい?)そ、そう?じゃ、ちょっと待ってて!今行くから!」


急いで上着を着て、階段を音が出ない様に下る。
玄関のライトだけ付けて、そっと外に出る。なんだかイケないことしてるみたいでドキドキしちゃう。


「…こ、こんばんわ」
「…遅くに悪いな」
「いいのっ!…もしかして用事ってこの時間まで?」

まぁな、と少し疲れた表情を浮かべる彼。すぐにでも休みたいだろうに、どうして…


「今日、出来れば渡しときたくてな」
「え?」

彼が上着のポケットから出してきたのは小さい箱、彼の片手に収まってしまうそれには赤いリボンが結ばれていた。


「…?これ…は?」
「バレンタインって元は男からバラを渡すんだろ。流石に花持って来るのはな…。これで我慢してくれ」

そう言って中身を開けて私に見せてくる。
丁寧に入れられていたのは、バラの飾りがついたヘアピンだった。


「もらって…いいの?」
「貰ってくれねえと困る」
「…ありがとう」

まさかバレンタインに彼から贈り物を貰えるとは思っても見なかった。


「あっ、チョコ!私、チョコ持ってくる!」
「いい、それは明日貰う」
「でも…」
「今日はソレ渡したかっただけだ……お前髪乾かしてねえだろ。悪かったな呼び出して」

言うと、彼が私の濡れた髪をひとすくい手に取る。
その行動にもビックリして固まっていると、寒がっていると思われたのか、そのまま彼に抱きとめられてしまった。


「っ!」
「大丈夫だ、まだ何もしねえよ。…でもな男と合うのにこんな無防備な格好でくるんじゃねえ。…勘違いするだろ」
「か、かんちがい?」
「……なんでもねえ。とりあえず中入れ。続きは明日な」
「あ、うん、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」

やや強めに背中を押されて玄関前まで移動する。
有無を言わさぬその行動に思わず素直に応じてしまった。
いつの間に渡してきたのか、私の手の中には彼からのプレゼントが…
ヘアピン、今日買ったのかな…凄く可愛いな、明日付けていこう。明日……ん?

「続きって…なに」


既に閉まってしまった玄関を見つめても答えは出ない。
頭に梅雨ちゃんが残した言葉が蘇ってくる。


『手を出されそうになったら上手く逃げるのよ、襲われてもいいなら何も言わないけど』

時計の針は既に12時を超えていた。
明日は今日に、思案する時間なんて既にない



「上手くって…どうやればいいの…」



轟焦凍からの想いを
逃げ切れるワケがない


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