2月14日はバレンタイン
今年は休みの日と被るので、実質13日が勝負だ。乙女なら!当たって砕けろ!手作りチョコをもっていざ戦場へ!!


「もうダメだ。帰ろう」
「ナマエちゃん諦めるの速すぎよ。未だ何もしてないじゃない」
「チョコ作ったよ。私頑張ったよ。うん、乙女っぽいことしたからもういい。楽しかったよバレンタイン」
「そのチョコを渡さなかったら意味ないわ。全ては無意味よナマエちゃん」


痛たた、その言葉痛いです梅雨ちゃん
でも許して、私もう泣きそうなの!


「なんなのあの量、漫画か!?ドラマか!!?どんだけモテんのアホか!」
「さすがにあの量は凄いわね、バレンタインに袋持参とか初めて見たわ」
「引くわーあの量引くわー。現実味がないわー」


私達の視線の先にはクラスメイトの轟くん、が持っているチョコの山。
笑っちゃうわー。バレンタインでチョコ貰い過ぎて困る男子とか都市伝説だと思ってたわ。舐めてた。轟焦凍のモテ具合を舐めていた。
見てよあの百ちゃんの驚いた顔、私も最初そんな顔したよ。その後真っ青になったけど。


「あの気合いの入り様はほとんど本命かしらね」
「そうなんじゃなーい?すごいわぁー大人気うらやましーいわあー」
「ナマエちゃん、あけすけすぎよ。どんなに凄いチョコでも直接本人に渡さない人たちなんて敵じゃないわ…」

「轟さん!あの!これ!」
「いらねえ」
「好きです!返事はいらないので受け取ってください!」
「もう持てねえ。いらねえ」
「捨ててもいいです!」

「…乙女って怖いわー」
「…今の子無理やり置いてったわね。ナマエちゃんもアレぐらいじゃないと」
「私にはあの子ほどの勇気は無いわ」
「…ナマエちゃんはヒーロー志望なのに勇気がないのね」


随分と痛いところを突かれる。さっきの子ヒーロー科ではなかったな、本当凄いと思うよ


「それだけあの子は真剣だったってことだよ」
「ナマエちゃんだって本気でしょ」
「………傷つく勇気がない。いい思い出だったなんて無理。だったら最初からなかったコトにする」
「…そう、残念だわ」
「ん、ごめんね」


自分が情けなすぎて梅雨ちゃんの顔も見れない。
敵と戦う強気はあっても、好きな人にフラれる覚悟はない臆病者。
そんな奴は告白する権利なんて無い。せいぜい嫉妬深く指を加えて見ているぐらい。

「(チョコ、無駄になっちゃたな)」

今更他の人にあげる気もない。元よりその人にも失礼だ。行き場の失ったモノを渡すなんて。


「ナマエちゃん、治らない傷なんてないわ。時間が何とかしてくれるもの。でも後悔だけは時間が過ぎるほど大きく複雑になるものなのよ。よく考えてね」


梅雨ちゃんが言わんとしていることは何となく分かる。わかってる、このままだと明日の自分に恨まれる。昨日の自分を裏切る形になる。自分自身が許せなくなる。


「もう少し待って、ちゃんとしてみせるから」
「待つのは私じゃないわ」
「ん、わかってる…」

そう言ったところでHRの鐘が鳴る。今日の始まりの合図。今日の終わりまでが勝負だ。





とは言ったものの、なかなか踏み出せないものがある。
休み時間になれば立ち代わり入れ替わりに彼にチョコを渡してくる人、人、人。

「(…学校中の女子が来てんじゃないの?)」

2時間目が過ぎた辺りから轟くんの許容範囲を上回ったのか、断固として受け取らなくなっているがそれでも乙女たちは諦めない。記念にと言わんばかりに彼の周りにチョコを置いていく。お供え物か。
1つ2つと献上品が増える度に轟くんが不機嫌になっていく。まああの量じゃね、よく知らない人からの貰い物なんてそこまで嬉しくないものね。


「なあ轟、オイラに1個くれよ」
「全部やる」


彼の言葉に身が凍るようだった。
もし、私も早い段階で渡してたらあんな風に扱われたんだろうな…
その後も彼の不機嫌が直ることもなく、積まれていくチョコ達はいろんな方法で捌かれていった。





「(もう、もう無理)」

昼休み、尚も押し寄せる女子たちと蔑ろにされる贈り物に吐き気がした。
轟くんを嫌いになったわけではない。ただ、私のチョコも直にああなると思うと遣る瀬なくなってくる。

ご飯も喉を通らず、人混みを避けるように校舎裏まで走る。
日当たりの悪いココは誰も近寄らない。先日たまたま見つけた良い隠れ場だ。



「(応援してくれた梅雨ちゃんには悪いけど…もう、無理だ)」

教室から握りしめてきた箱を徐ろに開ける。
中身も構わず走ってきたせいでカタチの崩れたチョコクッキー。甘いモノが苦手な彼でも、甘さを控えたこれなら食べれるんじゃ…と思って作ったけど、食べてもらう以前の問題だった。
気恥ずかしくてハート型なんていれなかったけど、丸く型どった筈のモノたちがバラバラに砕けている。
それが今の私を表しているようで胸が痛くなった。


「(ごめんね、轟くんに食べてもらいたかったのにね、…ちゃんと私が処分するからね)」

渡しても、渡さなくても結局彼の口に入ることはない。
だったら私が、この想いごと処分する。噛み砕いて、流し込んで、二度と出てこないように。

ひとつ、大きめのカケラを手に取り口の中に入れる。


「……にが、」

ビターが効き過ぎたのか、甘さのないクッキーだった。
今の気分には丁度いいかもね


「……ぅ、っ、」


口の中はパサパサなのに、目から水が出るってどういうこと
もう、やだなあ、これじゃ失恋した乙女みたいじゃない

ひとつ、またひとつ、箱の中身を消していく
残りはあともう少し

少し前に予鈴がなった気がするけど、立ち上がる気力もない。
この箱の中を空にするまで戻らないと決めた。
授業、初めてサボっちゃったな。まぁこんな顔でまともに授業を受けられるはずもないけど……



「…ミョウジか?」
「!と、轟く…」

本鈴もなって暫くすると声を掛けられた。
ウソ、なんでここに…


「誰も知らないと思ってたんだがな」
「…あ、ごめん。私移動するよ」


恐らく彼もこの人気のない場所を利用する人だったんだ。
1人でなにか考えるときは丁度いい場所だからね


「いや、別にいい……泣いてたのか?」
「……そういうのはね、見て見ぬふりするのがいい男ってものだよ」


顔が引きつってもいい、無理矢理にでも笑ってみせる。
泣いてしまったことはバレてるんだから、多少不自然でもおかしくはないはず。
ただ、もう一度泣き出さないように、それだけ気をつければいいんだ。


「…フラれたのか」
「え…ああ、これね、ううん渡せなかったの。情けないよね」

私の手の中にある箱の中身を覗いてしまったのか、居心地悪そうに聞いてくる。
本人に聞かれるなんて、辛いなあ


「渡してもね、食べてくれないと思うし。結局勿体無くて自分で食べちゃったよ!あはは、我ながら中々美味しく出来たと思うんだけどねー!もう残念だなーこれを食べられないなんて逆に可哀想なことしちゃったかもーなーんて!」
「…そうだな」

冗談っぽく言ったつもりなのに、真に受けてしまったのか真面目な返答で困る。
馬鹿かって言ってもらいたかったんだけどな。


「食っていいか?」
「へ?」
「1つ貰うぞ」

そう言って無骨な彼の手が箱からカケラを持っていく
そのまま口の中に入るまで、全てがゆっくりに見えた。なに、どういうことなの


「ん、うまいな」
「ウソ…、苦くて美味しくないでしょ」
「俺には丁度良い」
「……」

そりゃあね、君に合わせて作ったんだもん、なんて絶対に言えないけど


「もったいねえ事したな」
「え?」
「みすみす取り逃がしたソイツは運がねえな」


多分、彼なりの励ましなんだろう。
もしこれが自分の為に作られたと知ったら、そんな優しい言葉は出さないはずだ。


「…ありがとう、轟くん」

どんなカタチであれ、アナタに食べてもらえて良かった。


「来年」
「ん、なに?」
「来年も作ってこい。俺が食ってやる」
「…え、」
「俺だけのために作れ、俺もお前のだけ食うから」


それって、


「轟くん、あのね……」



轟焦凍に想いを
受取人はアナタだけ


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