誰かを好きになる事って凄く素敵な事なんだって思ってた。
その人の事を考えてる時間はとても鮮やかで、幸せな気持ちになれるものなんだって思い込んでいた。
現実はいつだって今の自分には重すぎて、胸が軋んでしまう。
もしかしたら、何年か経てば「こんな事もあったなぁ」って軽いものになってるかもしれない。
それでも今は進むべき道すら見えなくて、足元にある自分の影に飲み込まれそうな、そんな気持ちになる。
誰も幸せになれないと、わかっていながらに変えられない。
きっと今の私は何者にもなれない。
「ミョウジ、…いいか?」
「…うん、大丈夫だよ」
本当は何も大丈夫じゃない
誰もいない校舎の影で轟くんを受け入れる。
何かから目を背けるように私の胸に顔を埋め、きつく抱き締める。
そんな彼の頭を出来るだけ優しく撫でる。
母親が我が子にするように。心の中では歪んだ想いを潜めながら。
お互いに言葉は交わさず、時間の許す限りそうしている。
縋るように腕を伸ばす彼の姿はなんて愛しいんだろう。
それでもその掌は私を求めているわけではない。
叶わぬ想いと、叶えられぬ想いに喉の奥が苦しくなる。
そして、思い出す。私に手を差し伸べた彼の事を。
「(かつき…)」
このままではいけない…このままでは…
ナマエとあいつの関係なんざどうでもいい。
例えば、あいつが俺の目を盗んでナマエと会っていたとしても、ナマエがそれを受け入れているとしてもだ。
俺が先に手に入れた
その事実だけは変えられねえんだ。
あいつが、轟が表立ってナマエに絡まねえ辺りに笑っちまう。横槍入れるどころか、俺に挑みすらしねえ半端野郎がナマエを落とすわけがねえ。
ナマエがあいつに惚れていたとしても、だ。
「なぁ、爆豪とミョウジってどこまでいったん?」
「あぁ?殺すぞ」
「いや、デートとか行ったのかって意味で!!」
「上鳴、おめぇたまに命がけのこと聞くよな」
「切島も気になるっつってたじゃねーか!」
無駄に周りが騒ぐのは、気に入らねえな
「るせー。おめえらに話すことじゃねーだろ」
「ま、爆豪ならそう言うだろうとは思ってたけどな」
だからだ。この苛立ちはこいつらのせいだ。
「そういやミョウジは?」
「さぁ、最近よく消えるよな」
「……」
関係ねえ。あいつとは。
あいつらがどこで何してようが、何も変わらねえ。
変えさせる気もねえ。
何も変わらねえことぐらい理解している。
どんなに縋ろうとも事実は事実だ。
それでも、手を伸ばせば受け止めるこいつを、どうして手放せる?
おかしくなるぐらいに柔らかく暖かい彼女の身体が愛おしい。
善意と母性愛に満ちた彼女の、子供を愛おしむ様な手つきが俺の胸を刺す。
ナマエが俺の真意に気づく必要はない。気付かせる気もない。
このままでいい。手に入らないモノほど欲しがるのは、人の、性だ。
恐らくナマエは葛藤しているのだろう。俺と爆豪の存在に。
天秤にかけているわけではないにしろ、俺との関係が爆豪への裏切りに繋がることを危惧している。
彼女の事を考えるならば俺が身を引くべきなのだろう。だが、そんなつもりは毛頭ない。
今は爆豪にどうこうするつもりはねえ。ナマエにも、これ以上はまだ…
銘々の困惑変化を望む者、望まぬ者
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