私達家族3人にはまだ広すぎる家
今後も増えるだろうからと、広めの新居にした焦凍の意見に少し呆れてしまったこともある。
その時はまだ長男が生まれてもいなかったのに…気が早いというか、何というか

和室の部屋から見える庭には、シャクナゲとツツジが誇らしく咲いている
そんな5月の風景に私と、もう一人


「暑い中、お越しくださってありがとうございます」
「いいのよ、確かに暑いのは苦手だけども、今は風も気持ち良いし。なにより、貴女と…孫に会いたかったから」
「本当は私が伺った方が良かったんでしょうけど…」
「子どもが小さいと出かけるのも一苦労でしょ。私もたまには外に出たかったし、気にしないで」


年の割には少し老いを感じる彼女の眼は、それでも最初に会った時よりもいく分か光があるように思える。

焦凍のお母さん
いつもどこか寂しげな、彼女の個性を表しているかのような瞳は、彼女が大きすぎる心労を抱えていた事実を物語っている。


彼女に最初に会ったのはある施設の一室だった。
雄英を卒業して少ししてからのこと。焦凍と共に面会したけど、彼女は焦凍を焦凍と認識していないようで、ただただ彼の顔を見ては泣いていた。怖がっていたようにも、悲しんでいたようにも取れる、そんな言葉を繰り返しながら。
その時焦凍は何も言わなかったけど、彼の部屋へ戻って二人きりになった時、崩れるように泣きじゃくった。私はただ、彼を抱きしめることしか、出来なかった。


その後、定期的に二人で会いに行っては話をし、時には三人で外を歩いたり、ゆっくりとでもしっかりと関係を紡いでいった。
結果、彼女の精神がある程度安定し、外出の許可も出るようになるまで回復。
今日は、以前よりお願いしてお義母さんに来てもらった。


凍優が生まれてからお義母さんと会うのは初めての事だった。
まだ、生まれて間もない凍優の頬をそっと撫ぜる彼女は、確かに子を産み愛した女性の顔だ。


「この子、名前、凍優っていうのね」
「はい、焦凍の名を入れました」
「個性は、まだわからないわよね…」
「ええ、でも例えどんな個性でも優しい子になってくれると思います。彼の、焦凍の子ですから」
「焦凍…の…」


自分の息子の名を悲しそうに呼ぶ。聞いている私まで胸が痛くなってくる。


「私は、母親失格ね、あの子に、あの子達には酷いことをした」
「…焦凍は貴女のことをずっと愛していますよ」
「どうかしら、恨まれても仕方ないことをした。許して欲しいなんて…思ってはいけないほどの」
「………お義母さん」
「貴女には感謝しているわ。焦凍がまた私に会ってくれたのは、貴女がいてくれたからですもの」
「そんなことは…」


ないとは、言い切れない。焦凍も、彼も相当な覚悟で彼女に会っていただろうから。
それでも私がいたからではない。彼女に、母親に会おうと思い行動したのは焦凍の意志なのだから。


「…焦凍が、彼がヒーローを目指した理由を聞いていますか?」
「理由?いいえ、でも、あの子が成りたいからなのではないの?」
「それも、あると思います。でも、きっと、お義母さんを取り戻したかったんだと思います。」
「…私を?…在り得ないわ、そんな」
「お義母さん。心を強く、私の話を聞いてくれますか?」
「………ええ、」



彼女に、私の知る限りでの焦凍の過去を語る。
母親に息子の過去を語るなんて、おかしな話だけど、きっと彼女もずっと気にして知りたかった事。
父親の仕出かした事が原因で大好きな母親と離れ離れになってから、彼はずっと父親を否定していた事。
大好きな母親の力だけで生きていこうと思っていた事。
父親を見返すことに必死で、自分がヒーローになりたい理由でさえ忘れてしまっていた事。
心の片隅で母を思い、家族を取り戻したいと思っていた事。
何よりも、母を守れずにいた非力な自分を恨んだ事。
優しすぎるが故に孤立してしまった彼に、手を差し伸べてくれた仲間がいたこと、出来たこと。
今、家族が出来たこと。

全部、聞いて欲しい。受け止めて欲しい。1人では辛いのなら、私が半分担います。
私も彼の家族に成れたのだから



「…夢を見るの、あの子達の手をとって、笑いながらあの家で過ごす。絶対に在り得ないことだって分かっていたのに、何度も何度も夢に見てしまうの。目が覚めると、最初に浮かぶのは顔を腫らしながら私を呼ぶ焦凍の姿。あんなにも大切だったのに…あんなにも、愛おしかったのに…私はわたし自身に負けてしまった。」
「………」
「私は、もうあの子の母ではいられないと思っていた。あの子も焦凍もそうなのだと思っていた。……でも、出来るのなら、許されるのなら…焦凍、あの子達の母親に戻りたいっ」


子どものように涙をながす彼女の背中はとても小さかった。私が、抱きとめられるほどに。


「貴女は、いつまでも彼らの母親です。それは変えようもない事実です。」
「…でも」
「辛いかもしれません。過去に起こしたことはなくなりません。…でも、彼はずっと待っているんです」
「!」
「彼は、焦凍はずっとアナタを、母親を待っているんです。どうか、どうか、もう逃げないで下さい。もう一度彼らを受け止めて下さい。私には、出来ない。お義母さんにしか出来ないことなんです。」
「私は…私は…」


ゆっくりと、あやすように彼女の背中をさする
彼女の傷は全て癒えることは無いのかもしれない。癒えたとしても、それは私には出来ないこと。


「もうすぐ、焦凍が帰ってきます。それまでいっぱい泣きましょう。そして、笑って迎えて下さい。“おかえりなさい”って言ってあげてくださいね」
「ええ、…ええ、もちろん」


きつい日差しが和らぐ頃、焦凍は帰ってくる。
両手いっぱいのカーネーションを手に。
彼の母親に愛を届けに。



轟焦凍の幸福3
ありがとう、おかえりなさい


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