轟くんが教室から出て行くのが視界の端に入った
相変わらず、私は無意識に彼を探してしまうらしい
笑ってしまう。女は過去の恋には振り向かないと言ったのは何処の誰だったのか…


「…オイ」
「ん?なに勝己くん」
「くん付けすんな気持ちわりぃ」
「ごめんって勝己」


あの日以来、爆豪くんとは名前で呼び合っている。
時どきクセで苗字で呼んでしまうけど、その度に睨まれてしまう為、意識的に名前を呼ぶようにしている。
彼的にはくん付けも嫌な様で、納得するまで名前を呼ばせる
拗ねているのか、これが彼なりの愛情表現なのかは未だ私には分からない。
それ程に私と彼との関係は突如として始まったものだった。


「クラスで最初のカレカノがお前らかよー!なんか悔しいぜ!」
「るっせ」
「ミョウジこれから大変だぞー!爆豪はぜってえ独占欲強いからな!!」
「あはは」
「お前らは俺の何を知ってんだゴラ!」


切島くんと上鳴くんの冷やかしですら他人事に聞こえる。
本当に、これで良かったのだろうか
多分、いや、絶対に彼は私の本心を知っている。未練がましい想いを見透かしている。
それなのに何故私をそばに置くのか、理解したいようで…怖くて考えるのを止めてしまう。

私は…彼の優しさに付け込むことしかしてない


「(こんなんじゃ、ダメだって良くないって、わかってるのに…)」
「あの、ミョウジさんよろしいですか?」
「あ、八百万さん……どうしたの?」


あの日以来、なんとなく八百万さんとは目を合わせづらい。
彼女は何も悪くないのに、私は本当に自分勝手だ


「先程、轟さんが気分が悪いとおっしゃられて出ていったのですが…」
「うん」
「ミョウジさん、様子を見に行って頂けませんか?」
「え、…私が?」

何故…?
突然の申し出に混乱する。
彼女はどこまで知っているのか、余計な詮索を頭の中でしてしまう。


「ええ、申し訳ないのですがもうすぐHRが始まります。副委員長である私が席を外すわけにはいきません。それに…」
「…それに?」
「……私はミョウジさんが一番の適任者だと思うからです」
「!」


どういう…意味?
そう問いただすことは許さない。八百万さんの眼はそう訴えるように強いものだった。


「でも、私…」


そっと後ろの勝己を見る。案の定こちらの会話を聞いていたようだ
鋭い視線を向けながらも何も言わない彼
これは、行くなってこと…?


「ごめん、私…」
「ミョウジさん!!ご自分の意志で動いてください!」
「!、や、八百万…さん」
「ご自分のしたい事を、してください……後悔したくはないでしょう?」
「っ」


彼女が何を言いたいのか、全てを察することは出来ない。
でもきっと、彼女も知っている。私のことを、胸の内を。


「………どっちに向かったか、わかる?」
「ええ、…相澤先生にも上手く伝えておきますわ」
「うん、お願いね…」


彼女に促されて出入口に向かう
教室を出る間に勝己に何か言われると思ったけど、以外にも声はかけられなかった
ドアを潜る際にふと視線を彼に向ける。
一瞬だけ視線があったけど、すぐに逸らされてしまった


「(ごめん、ごめんね)」


彼を傷つけてしまった事実に胸が痛む。
こんな私が轟くんを追いかけて、どうにかなるのだろうか
それでも足は急ぐばかりで、生徒が少なくなった廊下をひたすらに走る。

早く、見つけなきゃ
何故かはわからないけれど、酷く気持ちが焦る

具合が悪いのなら保健室。でもそこに彼は居ないと分かる
だって、教室を出るときの彼の顔には見覚えがあった。
あの日、私と一緒に日直の仕事で居残った時、私が世界が違うと何気なく漏らした言葉に反応して彼は怒鳴った。考えてみれば、彼の感情があれほどまでに表に出ているなんてあの日が初めてで、それ以来見ていない。
何かを痛がるような、怖がるような、そんな表情だった。


「(どうして、あんなに苦しそうなの?)」


私は、私が思った以上に彼のことを知らない
そんな当たり前の事ですら今初めて意識した。もう、なんで私ってこんなに出来損ないなの!


「(早く、早く…どこにいるの)」


会いたい、彼の事が知りたい
声が聞きたい


走り回った挙句、校舎裏まで来てしまった
この辺は、つい先日私が行き着いた場所……そこに探し人がいた



「…轟くん?」
「!、ミョウジ…」


腰を下ろし、俯き顔を覆っている彼は酷く弱々しかった
まるで、置いて行かれた子供のような…


「と、轟くん!大丈夫?具合悪いって聞いて、私…」
「…ミョウジ」
「どこか痛いの?気持ち悪いなら保健室で横に……っ!」


咄嗟に近づきよく顔を見ようと彼の肩に手を掛ける
顔を上げた彼の瞳には一滴の涙が溢れていた
一瞬の内に混乱してしまう、でもここで私まで狼狽えてしまったらいけない。
何の覚悟もなしに教室を出たわけじゃない。


「轟くん大丈夫?苦しいの?」
「…痛い、苦しい」
「ど、どうすればいい?誰か先生とか呼んできて保健室に…」
「いらねえ」
「!」


普段よりも大分下の位置にある彼の顔を覗き込むように表情を伺う
痛いと、苦しいと嘆くような彼に胸が痛む
私に何か出来ることはないかと提案し、一度腰を上げた時、それを拒むように手を回された

腰に絡む腕はきつく、彼に放す意志がないことが伝わってくる。
動けない私の胸に顔を埋め、ぽつりぽつりと涙を零しながら言葉を紡ぐ


「ここに、いてくれ」
「と、轟くん、」
「何もいらない、そばに居てくれるだけでいい」
「どう、したの?何かあった?」

彼が弱っている、ありのままの現状にどうしようもなく切なくなる
子供のようにすがる彼の頭にそっと手を伸ばす


「…聞いてくれるか?」
「うん、私で良ければ」
「俺の出生の話になる…」
「……うん」


他に物音一つ聞こえないような、もの寂しい世界で彼がゆっくりと半生を語る。
そのあまりの衝撃に言葉を失う
私の知らない彼を知っていく、それがこんなにも怖いことだったなんて…


「っ、轟くん、辛かったね…」
「………」
「なにか、私に出来ることがあれば…」


私に出来ることなんてない。わかっていても聞いてしまう。
きっと今の彼が望むものは私にはない。


「たまにでいい、こうしてそばに居てくれ」
「…それだけでいいの?」
「ああ、充分だ」


これはきっと彼の優しさだ。何も出来ない私を気遣った結果だ。
それでもいい、彼の母親の代わりなんて成れるわけない。でも、彼が求めるのならば、応えたい


ふと、頭の隅で勝己が浮かび猛烈な痛みを残していく
これは裏切りなのかもしれない




「(それでも、私は…)」


歪んでいく、彼を、轟くんを想う心が
真っ直ぐとは言えないけれど、確かにそこにあったものが矛先を変えて醜い姿になる


『ご自分のしたい事を、してください……後悔したくはないでしょう?』

ああ、私は全ての想いを裏切っているのだ


ごめんなさい、ごめんなさい
どんなカタチでもいい、私はこの人の側にいたい


たとえそれが母親の代わりだったとしても
私は彼を抱きとめたい



救いを求めぬ女の困惑
世界が私を嘲笑っている


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