最近、うまくいかない。色々と。

叶わない恋心に気づいて数日。自身ではもう強く轟くんを意識してしまっているのを受け入れている。
私は、轟焦凍が好き
もうそれは消し様もない事実。
でも、いつまでも進行形ではいけないのも分かってる。
彼に想い人がいる以上、空回りするだけの劣情だ。
ゆっくりでもいい、彼を好きだった。そう言えるように変わらなくちゃ。


「(って、自分で意識して変わろうとしてる以上、無理な話だよねえ)」


意識しない様に、これ以上、先の見えない行進を勧めないように自分にブレーキをかける。
それでも私の視界には彼がいる。入れてしまう。
もう無意識的に彼を探してしまうのだから、恐らくずっと前からの習慣だったのだろう。今までよく自分の気持を見てみないふりしてたな、と無駄な賛辞を送りたくなる。


「(せめて、普通の片思いだったらな…)」


淡い期待を抱きながら、彼と同じ空間にいることを素直に喜べたかもしれない。
なぜ、あの時バカなことを聞いてしまったんだろう。自分から絶望を招き入れるなんて。


『…俺は一途な方だ』
『…そいつ意外、眼に入らない』


あの時の轟くんの言葉が離れない。
羨ましいな、どこかの誰かさん。貴女こんなに彼に想われて…
その人が、もし彼の気持ちに応えたならば、終わるのだろうか、この苦しさから開放されるのだろうか


「ミョウジ」
「(でもきっと、それはそれで、辛いだろうな…)」
「ミョウジ、聞いているのか」
「えっ、あ…すいません、聞いてませんでした…」
「お前らしくないな、具合でも悪いのか?」
「…いいえ、大丈夫です」


あまりにもぼぅっとしていたのか、相澤先生に声をかけられているのに気づけなかった。
ここの所、授業中もこんな感じだし…このままじゃいけない


「そうか、悪いがこの資料を図書室に返却してもらってもいいか?」
「図書室にですか?」
「ああ、丁度いいモンがこれしかなくてな。今近くに図書委員がいなくてな」
「わかりました、返却しておきますね」
「スマンな」


辞書ほどの厚さがある資料を手渡される。
う、先生軽く持ってたけど結構重いな…紙って意外と質量あるんだよね
いつまでも持っていたくないし、早速返しに行こう。
昼休み中なら図書室も開放されているだろうし。


雄英の図書室は広い。もはや図書館と言ってもいいぐらいだ。
歴代のヒーロー自伝から個性科学の専門書といったヒーロー科に関係している本も充実している。
相澤先生から渡されたものもヒーロー関係の資料。恐らく今後の授業に必要な物だったのだろう。


「(図書室なんてあんまり利用しないからな…)」

慣れぬ空間に少し緊張しながら受付へ返却する。
初めてと言ってもいいぐらい足を運ばない為に、全てが新鮮に見える。
どうせなら少し見学していこうと、紙の匂いが充満した部屋を歩く。
床から天井まで伸びている本棚を見上げると、普段目にしない光景が見えて面白い。最近考え過ぎて気が滅入っていた為か、ほんの少し現実味を帯びない景色にほっと息をつく。

暫く歩いていると、隣の通路から聞き覚えのあるような声が聞こえて足を止める。
本棚の向こう側、男子と女子生徒の声。無意識に聞き取ろうと耳を澄ませて間が止まる。


「(…この声は、轟くんと八百万さん?)」

「……で、……と思……ですわ」
「ああ……が……からな」


本棚を隔てた向こう側、クラスメイトの声。何も警戒する必要はないのに、こちらに気づかれないように気配を探ってしまう。
何を話しているの、聞きたい、聞きたくない、はやく、早くここを離れないと
さっきまで落ち着いていた思考と心臓が、制御を忘れたように混乱し始める。
わかるの、ここにいたら、何か聞いてしまう


「俺は……好きだ」
「嬉しいですわ……」

「………っ」


胸が何か鋭いものに刺されたような、足元が一気に冷えきったような、そんな感じが襲ってきた。
わからない、もしかしたら他愛もない普通の会話の断片かも知れないじゃない!
そう、きっとそう………本当に?

考え込む前に足を動かす。この場にいたらダメだ、どこか遠くへ行かないと。何も聞こえないところ…何も見えないところ……彼のいない


「っ!ハァ、ハァ…」


いつの間にか全力で走ってた。
途中、何人かのクラスメイトとすれ違った気もするけど、振り返る余裕も誰かと話す余裕もない。


「はぁ、っ、う、」


苦しい
くるしい
息が、胸が

心がくるしいよ


「ぅ…っ、」

止まらない涙が、彼らの会話を拒絶する
考えたくない。
何も。



「何泣いてんだよ」
「!」


なるべく人気の無いところを選んだはずなのに、突如として後ろから声をかけられる
この声は


「……爆豪くん」
「ハッ!んだその不細工な面」


いつの間に、どうして
泣いていると解っているなら関わらないで欲しかった


「……なに、なにか用?」
「…オメェが潰れた饅頭みたいな面して走ってるからよ。馬鹿にしてやろうと思ってな」
「ほっといてよ」
「俺に指図すんな。ベソかき女」
「…あんたに関係ないでしょ」
「半分野郎にでも泣かされたのか」
「っ!」
「ハッ!オメェ、顔に出しすぎだぞ。演技ヘタか」


人をバカにしたような笑いを浮かべながら近づいてくる彼。
なんとなくその顔に恐怖を感じて後退る。


「ば、爆豪くんには…関係ない!」
「うるせぇ」
「ちょっ!」


素早く彼の右腕が上がったので個性でも発動させるのかと身構える。
次の衝撃に目を伏せるが、なかなかアクションが来ない


「?…ばくごっ!」
「黙ってろ」


思った程痛くはない、それどころか包み込むような柔らかさで私の頭を胸に押し付ける。


「ちょ、放して…!」
「うるせぇ、その不細工顔やめたら放してやるよ」


何が起こってるのかもわからずに、彼の肩越しに向こう側を見る


「!ぁ、」


視線の先には、轟くんがいた



ミョウジナマエの困惑
なにも進まぬまま、その場で絡まる


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