轟くんには好きな人がいるらしい。
誰かとまではわからないが。
先日、日直の仕事をしている時に直接本人から聞いたことだから間違いない。
まあ、私が聞き出したに近いけど。

それまでは彼とはクラスメイトの1人として接してきたつもりだった。
ただ、憧れというか、ヒーローとしての素質も実力もある彼に一目を置いていたのも事実だ。少し気になる男の子、思春期には良くある感情だと思ってた。
それ以上気持ちが大きくなっていくこともないと、何処か油断していたのかもしれない。
彼の話を聞くまでは。

失恋して恋心に気付くなんて最低だ。
花咲くどころか芽の存在にすら気付かず枝ごと折られた虚無感。
でももう私にはどうすることも出来ないし、どうしようとも思わない。
せいぜい、彼の恋路を見守るぐらいだ。



「(見守ることすらできなそうだけど)」
「…ナマエちゃん?どこか痛いの?」
「え?どうして?梅雨ちゃん」
「だって、今日のナマエちゃん、こっちが切なくなるぐらい、悲しい顔してる…。」
「…そんな事ない、よ」


梅雨ちゃんは正直者だ。思ったことをスグに口にしてしまう。
しかも鋭い。観察眼が優れているというか、その人の見られたくないところまで見ているような…。


「無理はしないで、ナマエちゃん。人に話して楽になるのも大事よ。強要はしないけど。…1人で抱え込まないでね」
「ありがとう、梅雨ちゃん」


それでも憎めないぐらいに優しくて暖かい子だから一緒に居たくなる。
それでも、今回の滑稽とも言える話は話せない。もう少し私の中で飲み砕いて消化してから話すね。その時はきっと笑って言えると思うから。
今はまだ、突きつけられた事実に顔をしかめる事しか出来ないから…。


ふと、視界の端に事の発端でもある彼が映る。
目を合わせる気はない。自分が今どんな顔してるかぐらいは自覚はあるから。

それでも誰にも気付かれない程度に彼を盗み見てしまう。
今更遅すぎる自分の意識に凄く苛立つ。見たくないのに、精神を尖らして様子を探ってしまう。
なんて、滑稽なの、まるで道化師。

彼は、轟くんは昨日の事どう思ってるんだろう。
むしろ覚えてない?彼にとっては何でもない出来事だったのかな。
自分の中では何事もなかったことにしたいくせに、いざ本当に何でもなかった様にされると何だか悲しい。実際、彼にとっては些細な事だったんだろうな。

今、彼は隣の席の八百万さんと話をしている。
演習の時もよくグループになるし、ハタから見てもお似合いの2人だ。
前からそう思ってたのに、今改めて2人を見ると胸が痛くなる。キシキシと摩擦の酷い不快な音が響く様。
全ては手遅れ。と言っても早く自覚していても何も変わらなかったと思うと、やるせない。
叶わぬ想いとはこうも行き場のない居心地の悪いものなのか。

「(あ…笑ってる…?)」

気のせいかもしれないけど、轟くんが楽しそうにしている様にも見える。
やだな。私と話しててそんなに楽しそうにしてた時ってあったかな。
…それって、クラスメイトとしてどうなの?


「ナマエちゃん…?」
「(せめて、嫌われたくは、ないな)」
「…ナマエちゃん、ちょっと移動しましょう」
「…え、どうしたの梅雨ちゃん」
「いいから」


急に梅雨ちゃんが私を教室から移動させる。
引っ張られた先は階段下。ここは廊下からは死角になる場所。


「どうしたの?梅雨ちゃん」
「ナマエちゃん。泣いてちょうだい」
「え…?」
「そんな顔するぐらいなら泣いた方がいい。お願いよナマエちゃん、話せないなら、せめて私の側で泣いてちょうだい」
「…つ、ゆちゃん」


意図せず涙が溢れる。
おかしいな、昨日は全然泣かなかったのに…。


「つっ、梅雨ちゃん、わたし…」
「いいのよ、大丈夫、側にいるわ」

梅雨ちゃんが優しすぎて、暖か過ぎて涙が止まらない。
こんな、私の事を気遣ってくれる子が友達なんて、なんて幸せ者なんだろう。
私なんてクラスメイトに嫉妬してしまったのに…


「つゆちゃん、私、最低だ」
「そんな事ないわ。ナマエちゃんは私の最高に素敵な友達よ。例え貴女が貴女を許せなくても、私は貴女を好きでいられる自信があるわ」
「梅雨ちゃん…、ありがとう」
「どういたしまして、さぁ、少しスッキリした?そしたら涙を拭いて、教室に戻りましょう?誰かに何か言われたら私がフォローするわ」
「ん…もう大丈夫。ありがとう梅雨ちゃん」


まだ、整理はついていないけど、少し落ち着いた。大丈夫、きっと時間がなんとかしてくれる。それまでは少し彼と距離を取ろう。着地点が見つからなくて浮遊している、この気持ちが落ち着くまでは。






ミョウジが蛙吹に連れられて教室を出て行くのが視界に入った。
昨日の一件もあり、ミョウジにどう切り出そうか考えあぐねている時だ。
こんな事なら八百万と雑談してねえでさっさと話しかければよかった。それを躊躇ったのは昨日の泣きそうなミョウジの顔が何時までも脳裏をチラつくからだ。
あれは何を意味していたのか。一晩考えても答えは出てこねえ。
手とか結構強く握っちまったし、怒鳴るつもりは無かったが、多分怖がらせた…よな。くそっ、なんでもっと冷静になれなかったんだ。


「あら…ミョウジさん具合が悪いのかしら」
「!」


八百万の声でミョウジが戻ってきたのを知る。言った通り様子がおかしい。顔色が悪いというよりは

「(…泣いたのか?)」

昨日のミョウジがまたチラつく。頭だか身体だかよくわかんねえけど酷えザワつきが駆け巡る。落ち着かねえ。イライラする。

「(何かあったのか?俺と関係あるのか?)」

今から聞きに行くには時間がなさすぎる。後で聞きに行くには些細すぎるかもしれねえ。隣の席とかならまだしも…この距離じゃ気軽に話もできねえ。

自分の立場に苛立つ。
うまくいかねえ。何もかも。



轟焦凍の困惑
現状が2人を引き離す


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