「轟くんってさー。モテるでしょ」
「………」

うっわ、その面倒臭え事聞いてんなよって顔!ファンの子に見せてやりたい!…そういえば普段から彼女たちにしてたわ。


「ファンクラブあるんだって?漫画みたいねえ。羨ましい」
「全部押し付けてやろうか」
「あ、ごめんウソ。全然羨ましくないわ」
「いいからさっさと日誌書けよ」

向かいあって座る轟くんが、一向に埋まらない日誌の空欄部分を指さして言った。
高校生にもなって日誌か。こういうのってずっとアナログなんだよね。形式美ってのもわかるけどさあ。


「急かすなら君が書いてよ」
「嫌だ。面倒臭え」
「私だって非常に面倒くさい。過去は振り返らない女なのよ」
「どっちかってーと未練がましそうだけどな」

私の何を知っててそんなこと言うのだ轟焦凍め。

「轟くんはさっぱりしてそうだねえ。今まで何人ぐらい女の子泣かしたのよ」
「くだらねえ事話すなら帰るぞ」
「職務怠慢。仕事放棄。傍若無人。」
「お前が言うな」

つれない事言わないでよ。


「わかったよ、書くから話し相手になって」
「もうなってるだろ」
「投げやりだなぁ。もうちょっと丁寧に相手してよ」

まあ彼なので期待はしない。私も本気で言ったわけじゃないのでさっさと手元の日誌に戻った。


「…俺は一途な方だ」
「…お、おう」
「なんだよ」
「いや、いきなりまじめに答えたから」
「お前がそうしろって言ったんだろ」

真剣に答えて欲しいって受け取ったのか。
いや、いいんだけど、この手の話にノッてくるとは予想外だった。


「ふーん、一途なんだ」
「…おう」
「誰が好きなのとか、野暮なことは聞かないからね」
「その方が助かる」

助かるってことは、私の知ってる子の可能性がある。
向き合って話すには少し勇気のいる内容だ。
私はそのまま日誌から目を離さずに会話を進めていく。


「いつから?」
「…雄英入ってから」
「最近じゃん」
「それまではいなかったからな」
「じゃ、初恋だ」
「…そうだな」


いよいよ持って怪しい内容になってきた。ちょっとこれはヤバイんでないの。


「へぇ、どの辺が一途って思うの」
「…そいつ意外、眼に入らない」
「…あ、そうなんだ」
「ああ」


聞きすぎた。よせばいいのに、ほいほい質問してしまった。
聞きたくないな。
でも知りたい。

まだ自覚もしてないような淡い思いだけど、潰してしまうには惜しいような、そんな気がしてたのに。
好意にはまだ未熟な、小さい小さい芽吹きが折られるのは少し悲しい。


「轟くんも人並みの恋するんだ」
「俺をなんだと思ってる」
「えー、だってなんか私とは違う世界生きてる感じするし」
「…なんだそれ」
「特に、深い意味はないよ…」


顔が上げられない。たぶん今上手く笑えない。
もうすぐ日誌が仕上がる。終わったら即効で職員室に行こう。彼の顔を見ないで。


「ミョウジ…お前、泣いてんのか?」
「!」

彼の突然の言葉に思わず顔を上げてしまった。
当然目の前にいる人と目が合う。


やばい


そう思って立ち上がって逃げようとした瞬間、手首を掴まれる。
痛い。反射神経良すぎかこの…


「痛い、放して」
「なんで泣いてんだよ」
「泣いてない!放して!!」
「泣きそうな顔してんじゃねーか」
「アンタに関係ない!放してよ!!」
「関係なくねーだろ!」
「っ」


轟くんの大声、初めて聞いた…。
突然の彼の大声に驚きと少しの恐怖で一瞬身を引いてしまった。手は放してもらってないので微々たる動きだけど。


「逃げるな」
「に、逃げてなんて…」
「俺もお前もここにいるだろ」
「……え?」
「世界が違うだなんて言うな」

どうやら彼はさっきの私の話をしている様だ。そんなムキになるようなものではないと思うけど…


「わ、わかった。ごめん…だから放して」
「………」

ゆっくりと手の力を抜いていく。
するすると私の手を彼の手が覆いながら滑って、離れる瞬間、少し指先を握られた気がした。


「…日誌、出来たから。職員室寄ってそのまま帰るね。」
「………」
「轟くんも、帰っていいよ。」


「……ミョウジ」

鞄と日誌を手に教室を出ようとした時だった。

「…なに?」
「…悪い。変なこと言ったな」
「ん、私もなんか変なこと言ったし。ごめん。…また、明日ね」
「……ああ、」


今度こそ教室を出る。そのまま振り返らずに足を進める。
こんな混乱している状態で、あれ以上あそこにいられなかった。

大丈夫、明日になれば何ともなくなってる。私も轟くんも只のクラスメイトだ。
それだけだ。


「……期待させるようなことしないでよ」

余計苦しいだけなのに




「…うまくいかねえな」

教室からの声はもう私に届かない



轟焦凍の困惑
うまい駆け引きをするには、私達はまだ子どもで


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