多くの人が僕の周りを歩いていく。今日も池袋は人が多い。
サラリーマン風の人から、金属をじゃらじゃらぶら下げて怖そうな男の人や、大学生ぐらいの女の人が、どこに向かって歩いてるのかも分からないくらいたくさん歩いている。
ポケットから携帯を出して、時間を見た。何度も確認したところで、まだ待ち合わせには早い時間だ。正臣からは何の連絡も来てないから、多分集合時間を少し過ぎたくらいに来るだろう。
ぱちん、と携帯を閉じた。相変らずあたりにはたくさんの人。たくさんのざわめき。僕はその人たちを知らないし、きっと歩く人たちは僕の事を知らない。

そんな光景をぼんやりと眺めていたら、どん、と肩に強い衝撃。反射的に、背中を丸めて縮こまった。

「す、すみませんっ」

恐る恐る顔を上げれば、金髪で顔に刺青をした人が横目で僕を見降ろしていた。何か言われるのではないかと身構えたけれど、「チッ」と舌打ちをしただけでまたどこかに歩いて行く。かつあげをされなくて、僕はホッと胸を下ろした。

――金髪……。

僕は兄達の事を思い出していた。

多分池袋最強だと謳われる兄は、周りにいる人間なんて端から眼中にないだろう。そして、きっと辺りにいる人間は兄を恐れて道を開ける。そんな光景が目に浮かんだ。恐怖、というより畏怖の方が近いだろう感情を以って、きっと、人は兄の噂をする。
そして、もう一人の、俳優をしている兄を思い浮かべた。あんまり有名だから、一番上の兄とは逆に身動きが取れなくなってしまうほど、周りを人で囲まれてしまうに違いない。多くの人が、兄の姿を見るためだけにこの場所に集まるくらいに。

そんな真逆の兄達の様子を思い浮かべて、僕は小さく笑った。きっと、そんな風になった所で二人の兄は素知らぬ顔をしているのだ。だって、二人にとってはいつもの事なのだから。

そして、僕はそこで気がついた。

……僕は、
僕はどうなのだろう。

二人の兄は、すごい人達だ。たとえ真逆であっても、本質は変わらない。常に人に注目され続ける力を持っている、すごい人達。
比べるべきことではないことは、知っていた。だって、比べるのは僕だけじゃない。隣にいるのに比べないやつなんて、めったにいない。兄達はいつも僕をかばってくれた。けれど、そこを潜りぬけて届く言葉で、きりきりと胸が痛むことも、知っていた。

でも、気がつけば考えてしまう。

「やあ」

突然声をかけられて、僕は驚いて顔を上げた。それはよく知る人物の声だった。

「臨也さん……」

少し離れたところに彼は立っていた。いつものように真っ黒な服装で変わらない。ここは新宿じゃなくて池袋なのに、どうして、臨也さんがいるのだろう。

「ちょっと、池袋に用事があってね。まさか、こんなところで君に会えるなんて思ってもいなかったよ」

そう言って、臨也さんは一歩一歩僕の方へ近づいてきた。ただ穏やかな笑みを浮かべて親しげに歩いているだけなのに、僕は妙な圧迫感を受けて一歩下がった。静にぃや、正臣に言われている言葉を思い出す。近づいてはイケナイ人。けれど、僕はここから立ち去ることも出来なかった。

「はぁ」と、僕は曖昧な返事を返す。用事があるというのなら、早く立ち去ってほしかった。

「でも、君のお兄さんたちって本当にすごいねえ」

ぴくりと肩が震えた。それは先ほどまで僕が考えていた事だった。

「ど、どうも」
「一番上のお兄さんはあの破壊力でしょ。次のお兄さんはなんてったって売れっ子の芸能人だし」

そうして、また、一歩、臨也さんは足を踏み出す。

もし、その次に“君は?”と聞かれたら、僕は何も答えられない。僕はからっぽだ。小さく身構えたけれど、臨也さんは何も続けずにもう一歩足を踏み出した。

「でも、君はもっと大きなことが出来るよね」

そのやわらかな笑みから吐き出される言葉は、不思議と説得力があった。
大きなこと。
僕は無言だった。無視をされているともとらえられない状況なのに、臨也さんは端正な顔に浮かべた笑みを絶やすことは無かった。
また、近づく。近づいて、そして通り過ぎる時、小さな声で臨也さんはつぶやいた。

「俺ならいつでも君の力になるよ」

言葉は、するりと僕の耳にはいりこむ。入り込んで、僕を揺らした。



辺りは、たくさんの人たちが、たくさんの目的に向かって流れている。僕はそれを見ている。
制服を着た女子高生の集団、大きなリュックサックを背負って歩く男の人や、小さいスーツケースを引く女の人。
雑踏の中で、誰も僕を見ない。だって誰も僕を知らないから。

みんな、兄達を見ている。知っている。
兄達は、僕とは違う特別な人。

僕は、じゃあ、なんだろう。


『君はもっと大きなことが出来るよね』


先ほどの臨也さんの言葉がリフレインする。
大きな、こと。
それは、二人の兄よりも、もっと、大きなことで、非日常なのだろうか。


「帝人!」

名前を呼ばれて、僕ははっと気がついた。あわてて後ろを振り返れば、こちらに走ってきている正臣がいた。

「待たせてわるいな」

いつものように笑っている正臣を見て、安心している自分がいることが分かった。先ほどまで僕は何を考えていたんだっけ。

「そんな笑顔で言われたら、心にもないことが分かっちゃうよ」

僕は笑った。正臣も笑った。

何事もなく進んでいく日常。
変わらない風景。


でも、そこに感じる、引っ掻かれたような小さな違和感は、消えることはない。





兄へのコンプレックスと臨也流営業テクニック。
静雄と幽みたいな兄がいたら帝人くんはたぶん非日常への憧れが高まりそうかなあと。



title by joy

2011/03/16