ニンジンに、玉葱に、そしてえのきを一袋。

適当に目についた商品を買い物かごに入れながら、帝人はスーパーの中を歩いていた。冷房の効きすぎる店内は、少し肌寒い。レシピは決めていなかった。もともと二三日分の食材を買いこむ予定で来ていたから、たくさん買い過ぎたところで何の問題もない。

――いつから、晩御飯を作るのは自分の役割になったのだろう。

ふと、もやしの入った袋に手を伸ばしながら、そんな疑問が帝人の中に浮かんだ。
幼いころ、母の持つ買い物かごの隣にいたのは、いつも一番上の静兄だった。そしてその後ろに、幽兄と自分がついて行っていた。料理する時も、お皿を洗う時も、静兄は母親の隣にいたのに。

……ああ、そうか。
自然と答えに行きついて、帝人は少し嫌な気分になった。治りかけた瘡蓋を、もう一度はがしてしまったあとのような、痛くてそして少しだけ悲しいような、そんな。



静雄が、冷蔵庫を持ち上げた時、帝人はまだ4歳だった。幽の叫び声が家中に響いたその時も、確か夕方だったことをなぜかよく覚えている。
あれから静雄が入院するようになって、母が重い溜息を吐くようになって、それから幽兄と二人で、夕食の準備をするようになったのだ。
右腕にコルセットを付けて椅子に座る静雄はそれから、もう買い物につきあうことも、台所に立つことも無くなってしまった。思うところはいろいろあったのかもしれないが、父も母もそんな静雄に何も言わなかった。

それから、七年が過ぎた。その月日は長かったのか、それとも短かったのか帝人には分からない。
けれど、食卓の五人の席は、なかなか全部埋まることはなくなってしまっていた。両親の仕事が忙しくなって、幽兄が芸能界に入って。
そのまま、家族がみんな離れていきそうで、怖い。





「おう、いつもわりぃな」
「え。な、んで、え?」

店から出ると静兄がいた。横顔を夕日に赤く染めて、赤金色になった金髪を輝かせて、二ッと悪戯っぽく笑っている。

いつものように煤けたようなカッターシャツと、擦り切れた青いブレザー。そんな兄の周りと、避けるようにして人が通っていく。それこそ、普通の主婦にまでも。兄の異名はどこにでも知れ渡っているようだ。
それが、何か、先ほど胸を掠めたものと似たものを帝人に思い起こさせて、悲しい。

「いや、今日は早く帰れたから。この時間帯なら、帝人はここにいるかなって。ほら、袋貸せ」
「あっ、」

そう言って、ひょいと自分が両手で持っていた袋を、片手で取り上げられた。なんだかこういうところで兄の威厳を見せつけられている気がする。

「ありがと、兄さん」

リーチが長いからか、すいすいと帝人よりも先を歩く兄の背を追いかけて走る。
隣に並べば、照れ隠しのよう静雄は帝人の髪をくしゃりと撫でた。その手は暖かくて、不意に帝人は泣きそうになった。

――なるべく。出来ることならずっと。静兄の隣に居られたらいいのに。

沈む夕日に目を細めながら、そっと願った。





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2010/06/24