正帝表現あり!





紀田正臣は帝人の幼馴染である。二人の付き合いは長い。物心付いた頃にはもうお隣の正臣君は友達で、幼稚園も小学校も中学校も高校でさえ同じところに通ってきた。登校も下校も一緒にする。家に着いたら着いたでどちらかの家に遊びに行くのももはや当然のこととなっていた。幼馴染であり親友。それが帝人にとっての正臣であった。
平和島静雄は帝人の兄である。年の離れた弟を心底可愛がっており、ブラコンだと誰にからかわれても否定などはしない。帝人の帰りが遅ければ電話をし迎えに行く。不良に絡まれたならば制裁を加え、それでもある程度の躾はしっかりとしてきた。両親が出張に行ってしまってからは余計に帝人を大切にしているようである。優しくて強い兄。それが帝人にとっての静雄であった。

「今日は、静雄さんに話があってきたんです」

いつものように帝人の家へ遊びに来ていた正臣がそう口を開く。明日は土曜日で休日だ。互いの家に泊まるのはもう暗黙の了解となっていて、帰ってきた静雄と三人で食事をしているところだった。ちなみに料理をするのは帝人の仕事である。

「話? 僕何も聞いてないよ正臣」
「そりゃあ言ってないからな」
「なに、大事な話なの。僕には言えないこと?」
「お前にも関係のあることだ。一緒になって聞けよー」

箸を置いて不安げな表情をする帝人に、正臣は笑顔を見せて返す。けれどその目は常にないくらいに真剣だ。思わず息を呑んで沈黙する。先程まで和やかな雰囲気が漂っていたはずなのに気付けば空気は張り詰めてしまっている。静雄も怪訝そうにではあるが真っ直ぐと正臣の方を見ていた。正直、気まずい。
一体どうしたというのだろう。正臣は普段と何ら変わりなかったはずだ。馬鹿なことを言って笑い合って何か相談事があるようには見えなかったというのに。それに帝人にではなく静雄に話したいとは。自分は正臣の親友だと自負していた帝人には少なからずショックな発言であった。
正臣がごそごそと居住まいを正す。胡坐を正座に変え、両手を膝に乗せる。ふざけた雰囲気など残ってはいない。真面目そうな一人の男に、帝人は困惑するばかりである。
唐突に正臣は頭を下げ、声を上げる。

「弟さんを僕にください!」

耳を疑った。正臣が話しかけているのは静雄だ。静雄とは帝人の兄であり、つまり静雄の弟とは帝人のことである。帝人をくださいとはどういうことだ。まるでどこかのドラマで見たかのような展開に声が出ない。いや、本当ならば「娘さんを僕にください」が正しいのだろうけれど。
自分の隣で土下座のような体制になってしまった正臣にどう声をかけたものかと、帝人はおろおろとするしかない。ここで頭を上げてくれというのもお門違いだろう。正臣が何を考えてこんなことを言い出したのか、帝人には全く伝わっていないのだから。
向かいに座る静雄の様子をそっと窺う。優しいはずの兄の眉間には、しっかりと青筋が浮かび上がっていた。

「てめえ、それ相応の覚悟があっての言葉だろうな?」
「正直な話、帝人を幸せにできるのは俺しかいませんよ静雄さん」
「あぁ? 何言ってくれてんだおい。帝人はこれからも俺と一緒にこうやって暮らしてくんだからいいんだよ余計なお世話だ。なあ帝人? お前今で十分幸せだよなあ?」
「え、あ、うん。そりゃあ幸せだけど」
「ほら見やがれ。さっさと尻尾巻いて帰るんだな負け犬が」
「帝人、お前俺のこと好きだよな」
「は、う、うん、好きだけど」
「だそうですよ静雄さん。帝人は俺のことが好きで好きで一時も離れたくないらしいので連れて帰りますね」
「ちょ、ま、正臣っ」
「っ捏造してんじゃねえよぶっ殺すぞ紀田ぁぁあああ!!」

暴れだした静雄を取り押さえながらも、未だ彼らの言葉の意味が分からない帝人は首を傾げるしかない。静雄とこうして一緒にいるのは幸せだし正臣は当然友人として大好きなのだが、それが何だというのだ。
帝人の疑問など露知らず、二人の口喧嘩は発展して行く。静雄の馬鹿力は正臣もよく知っているので下手に手を出したりはしない。二人ともが暴れだしていたら流石の帝人でも抑えられないところだった。

「今帝人の面倒みてんのは俺なんだぞ。お前に他人を養うだけの甲斐性なんてあるのかよヒモ野郎」
「俺、愛のためならどんな仕事だってやれる気がしてますから心配しないでくださいよオニイサン」
「だぁれがてめえの兄だオラァ!」
「だいたい真っ正面から挨拶してるっつーのにその対応はないと思うんですよね。可愛い二人目の弟にお茶も出せないんですかー」
「帝人離せあいつは俺が、俺がヤる……っ!」
「静雄兄さん落ち着いてええ」

明らかに近所迷惑な声量で怒鳴る静雄。それに飄々と返しつつ食事を再開する正臣。あのオタクな二人だったらカオスだと表現するであろう状況に、帝人は疲労困憊だ。

「誰が可愛い弟をてめえみたいな奴にやるかよ!」
「今日こそ帝人を俺の嫁に!」
「いい加減にしてよ二人とも……」

親友が自分の旦那に、兄がその障害にいつの間にか成り代わっていたことを帝人は知らない。先の言葉がプロポーズだと知ることすら、もっと先のことなのであった。





愛され帝人。
口では正臣の方が上手なイメージ。


2010/06/19