母親が結婚すると聞いたのは、つい一週間ほど前のことだった。
竜ヶ峰帝人には父親がいない。帝人が生まれる前に事故で亡くなったのだそうで、顔も知らないからこそ悲しいと思ったこともなかった。ずっと母親と二人で生きてきた。自分を可哀相だと思うことはない。父親がいないことを除けば他の同級生と何も変わらないのだ。むしろ幸福な方だとさえ思う。帝人は母親のことが好きだったし、逆もしかり。生活は別に苦しくない。友人もいるし成績だって悪くなかった。これが幸せ以外の何だろう。
ずっと女手一つで帝人を支えてきてくれた母親の結婚は、だからこそ嬉しいものだった。きっと帝人の存在のために苦しんだこともあっただろう母親。けれどそんな様子は微塵も見せずに愛してくれていた。もう帝人も高校生なのだしいい加減自分の幸せを探してほしいと思っていたのだ。反対する気など毛頭ない。はしゃいだ声でされた電話での報告にもすぐに頷いた。
学校に通うために家元を離れていた帝人は、再婚相手のことを何も知らない。喜びと好奇心から父親となる人のことを聞いたのも当然のことである。

『それがね、すごく男前なのよ! 母さんにはもったいないくらいっ』
「へぇ、かっこいいんだ。その人もばついちなんでしょう?」
『ええ、息子が二人いるらしいわ。しかもねみーくん! お兄さんの方は今池袋に住んでるんですって!』
「本当に? うわあ、すごい偶然……」
『ね。もしかしたら町ですれ違ってるかもしれないわね』

そもそも再婚相手の実家は、帝人の住むここ、池袋なのだそうだ。今は仕事の都合で帝人の地元に身を寄せているらしく、そのおかげで母親と出会えたのだから運命的だ。彼のすでに成人した息子たちに父親の不在はあまり関係ない。ついていくことももちろんせず、変わらず池袋に残った息子たち。薄情ではと少し思ったが帝人も似たようなものである。そんな彼らに、母親はまだ会っていないらしい。

『みーくんもあの人に会わせたいし、みんなで集まれるといいのにねぇ』
「池袋にいるっていう兄になる人になら、僕は会えるんじゃないかな。名前は何て言うの?」
『それもそうね! ちょっと挨拶してきなさい。えぇと、何だったかしら……』

次の瞬間思い出したような告げられた名前に、帝人は硬直した。運命的どころじゃない。まさかここで知り合いの名前を聞くことになるとは。

『そうそう、平和島静雄君!』

喧嘩人形と、兄弟。気が遠くなるのを感じつつ、帝人は彼の人に思いを馳せた。





「……こんにちは静雄さん」
「……おう」

そんなことのあった翌日。本当に偶然かと疑いたくなるようなタイミングで帝人は静雄に鉢合わせた。相変わらず綺麗に染まった金髪に、サングラスとバーテン服とタバコ。もはやトレードマークになっている彼の格好より先に、その表情を見て帝人は苦笑した。
少しだけ気まずそうに逸らされる視線。基本的には相手の目を見て話す人だから珍しい。そして人間らしくて親近感をおぼえる。何か言いたげに開閉される口元は、帝人が自分の弟となると知っているのだと明かしていた。

「例の話、聞きました?」
「……ああ。心底驚いたがな。なんつーか、世間は狭いよなぁ」
「本当ですね。僕も流石に仰天しました」

がりがりと頭をかくのを見ながら、そこに嫌がる雰囲気がないのに安堵する。急に家族ができるのだと言われればいくら静雄でも困惑するだろう。帝人だってそうだ。ずっと一人っ子として生きてきたのだから。けれど兄になるのが静雄と幽であるのに安心もしていた。二人には好意を抱いていたし、まともな人たちだということも知っている。もし昨日「あなたの兄は折原臨也よ」とでも言われていたらショックで寝込んでいただろう。
けれど静雄はどうだろう。嫌われているとは思っていなかったが、知り合いではなく身内になるとなれば話は別だ。当然もう子供でもないしそこまで干渉するつもりはない。それでも弟ができるなんて欝陶しいなとは思われたくなかった。なので彼の雰囲気の柔らかさには、顔にこそ出さないがよかったと思った。
一つ溜め息を吐いて、静雄は緩く微笑む。どこか大人の余裕の見える、男らしい笑顔。こんな人が兄なんて最高かもしれない。

「ま、とりあえずよろしくな」
「はい、静雄さん」
「しっかし竜ヶ峰が弟なあ」
「あ」
「あ?」
「あ、のー」
「ん?」

ふと思う。そういえば名字はどうなるのだろう。
普通に考えれば母親は、相手の名字の平和島になるのだろう。ならばその息子である帝人も平和島帝人、になるのか。しかし母親は籍を入れるかどうかは分からないと言っていた。どうやら億劫であるらしい。この年になって色々騒ぐのも面倒よねぇと笑った声はまだ若かったが。ということは帝人の名字は竜ヶ峰のままというわけで、だが、しかし。

「静雄さん」
「何だよ」
「名前で呼んでください」
「……は」
「僕、弟ですよ?」

いつまでも竜ヶ峰ではやはり寂しい。せっかく家族になるのに。そういう気持ちを込めて見上げれば、どこか呆気にとられたような静雄の表情。嫌なのだろうか。そんな帝人の不安を振り払うように、頭がくしゃくしゃと撫でられる。窺った静雄の顔には、笑みが浮かべられていた。

「帝人」
「っ」
「これでいいか?」
「は、はい!」
「お前犬っころみたいだなあ。……なあ、兄弟なら静雄さんじゃあおかしいよな?」
「兄さん、とかですか……?」
「敬語も早いとこ外せるようになれよ」
「はいっ」

穏やかに撫で付けられる髪が気持ちいい。どこまでも優しい静雄の言動に、受け入れてもらえたのだという歓喜が胸をいっぱいにしていく。家族。あの平和島静雄が家族。憧れの人が身内になるのだと思うと、今にも歌いだしたい気分になる。
ひとしきり頭を撫で、静雄は思い付いたように歩き始める。帝人の手を引きながらだ。この年になってとは思うが、本当の兄弟のような雰囲気に嬉しさばかりが溢れ出した。

「幽んところ行くかぁ。確か今日オフだったはずだしな。んで、飯にでも行こうぜ」
「はい。あの、幽さんも兄さんって呼んでいいんでしょうか」
「あー、喜びそうだけどな、あいつお前のこと気に入ってるし。つーか、どっちも兄さんかよ? 区別は?」
「……静雄兄さんと幽兄さんにします」
「はは、そりゃいい」

初めての兄弟という存在。顔も知らない、けれどあの優しい二人の父親。自分を幸せだと思っている帝人だが、これ以上の幸福があるだろうか。
握られた手に力を込める。ああ、明日からの日々が楽しみだ。





原作設定→義理の兄弟。
シズちゃんみたいな兄が欲しいです切実に!


2010/06/19