俺に弟が出来るらしい。

もちろん、今更40代後半を過ぎた父親が出産するのではなく、再婚、する、らしい。
語尾にらしい、と付くのはまだそれが昨日聞かされたばかりだったからだ。

電話口で、嬉しげに、楽しげに、「静雄、お前に弟が出来るぞ!」と告げる親父はどう考えても酔っぱらっていた。お袋との離婚の果てに、幽と離れ離れしてから久し振りに聞く親父の浮かれた声。これはビール瓶一本ほどではないな、と俺はそんなことを思った。
酔っぱらいのたわごとかと思って、はいはい、と生返事を返していたら、調子に乗った親父はその俺に出来るという新しい弟について話し始めた。髪の毛は真っ黒で、くりくりとした可愛らしい目をしていて、身長は小さくて、本当に可愛くて可愛くて、と同じような事を何回も何回も繰り返していう親父に、弟じゃなくて妹でも出来るのかと思ったけれども、聞き流していた。適当なところで、早く帰ってこいよ、と言い放ってぶち切った。

「弟か……」

そう言えば、幽ともしばらく会っていないことに気がついた。会いたいなぁ、なんて思ったけれどももうそう簡単に会えるところからはかけ離れたところに今、弟は居るわけで。芸能界なんて、夢のまた夢の世界というか、モニターの向こう側にしかないと思っていたのだけれど、そこに幽がいるのだと思うと複雑な気分だった。嬉しいような、さみしいような。

新しくできるという弟。もしも親父が作り出した妄想出ないのなら、年はどれくらいなのだろう。可愛い可愛いって言っているくらいだからまだ小さいに違いない。
だとすれば、きっと、俺を見て怖がるかなぁ、なんてふと感傷にひたった。いまさらながら、初見の印象を変えられるとは思っていないが、三人目の弟を怖がらせるのは忍びないというか、かかわることもないのだろうけれど、やっぱり嫌われるのは嫌だった。

ま、十中八九パブの女性に冗談で言われたことから生まれた親父の幻想だろう。そんな風に思って、その日は眠りについた。


ピンポーン。

ぼんやりとした眠りを切り裂いたのは、チャイムの音だった。薄く眼を開けて時計を確認すれば八時を少し過ぎたくらい。いくら休日とはいえ、宅急便にてはあまりにも早すぎるし、こんな非常識に俺の家に遊びに来るような友人を持った覚えはなかった。ノミ蟲ならあり得るかもしれねぇ……と思わず、頭に血が昇る前に、面倒臭くなって再び布団の中に潜り込んだ。どうせ悪戯だと判断して居留守でも使おうかと思っていたら、その次に聞こえたのは親父の少しかすれたような声だった。

「静雄ー、いるんだろー」

今日は休みだって、前にお前言ってたじゃないかー、と間延びする声の主を全力で否定したかった。嘘だろう嘘だろう何で親父が、だってお袋と離婚してからは、もう俺の家に来たことなんて一度も無かった。

「今日はお前に紹介したい人が居てなぁー」

ピンポンピンポンピンポン

繰り返されるチャイム音に、少しは近所迷惑を考えろ! と怒鳴りつけてやりたいというか、ベッドごと投げつけてやりたい衝動を抑えつけて、低血圧気味の頭を働かせながら玄関に向かった。

「聞こえてるよ。何だよ朝っぱらか、」

ら……というこれは、発する前に、喉の奥へを引っ込んだ。
にこにこ、というよりはにやにやと笑う父親の隣には見慣れない女性。と、その前に、高校生くらいの少年の姿。けれどもこちらには見慣れた、というか見たことがある顔で、

「りゅうが、み、ね?」

茫然とした呟きに、朗らかな笑みを少年は返した。小柄な少年。髪の毛は真っすぐでくりくりとした目をしていて、確かに可愛らしいと表現されてもおかしくはない、けれども。

「ハイ! 今日からよろしくお願いします。“お兄さん”」

なぜか俺はその言葉を聞いた時に二日酔いにも似た頭痛を覚えた。





教訓、変なテンションの時は書かない

2010/06/19