※原作ネタバレあり





じゃぎん、じゃぎん、じょきん、

小気味いい音が手元から鳴った。銀色の大きな鋏が動いて金色の髪の毛を落とした。
髪の毛を切るのは好きだ。だから、いつも兄の髪の毛を切るのは帝人の役目だった。

「いつもわりぃな」

兄が言った。オフの日の兄は、薄手のロゴ入りTシャツにジーパンという格好をしていた。その上からバスタオルを肩にかけて、髪の毛を服に落とさないようにしている。これがいつもの平和島家散髪スタイル。
申し訳無さが滲んだ言葉に、帝人は穏やかな笑みをこぼした。

「いいよ、これくらい」

好きだから、と続けようとして、けれどもそれは少しずれた答えだと帝人は気がついた。
なぜなら、旋毛を見下ろして、金色の髪の毛を切り落とす、その瞬間が好きなだけ、なのだから。
てのひらの熱で温くなった鋏を動かしながら切っていく。

じゃきん、じゃきん、じょきじょき、


――……この鋏を兄の頭に振り落としたら、

そう考えて、ぞわりとした。興奮か、それともそんなことを考えてしまったことの嫌悪か、判断をするにはあまりにも甘美なしびれだった。けれども兄は自分がダラーズの創始者であることも今の騒ぎを起こしていることも、何も知らないのだ。そしてそのことは帝人の中の嗜虐心をそそった。

紅い血を流して倒れる、池袋最強と呼ばれる兄。
そしてそれを見下ろす、自分。

どこか倒錯的な情景をまぶたの裏に描けば、その時の濃い血の匂いまで感じられそうだった。

そんなことはあり得ないと分かっている。きっと人の殺気に鈍感な兄であっても自分が兄を傷つけようとすれば、分かるだろう。分かってしまうだろう。不思議な所で聡い兄なのだから。そうして、ありったけの悲しいものを込めて、きっと自分を見つめるのだ。

じゃきん、じゃきん、

兄がダラーズを辞めたのは、仕方がないことだと思う。
自分にとっても、あんまりな出来事だった。清い兄がそのままでいたいと言うならば、自分は止めることはない。
けれども、出来れば辞めてほしくなかったという思いが帝人にはあった。確実に兄はダラーズの象徴を成す一人であったし、そして、肉親が近くにいてくれる安心感はかけがえなの無いものだった。

――全部話していたのなら兄は止めなかったのかな。

嘘をついている罪の意識を感じていた。もうずっと前から。
兄は嘘が嫌いだ。だから今まで帝人は正直者であろうとした。けれどもう何年もついてきた嘘は、習慣のように染みついていて、今更止めることなど叶わないのだ。
だから、こうしてまた兄のための舞台を用意している。
前みたいな、酷い人間がいないような、そんなダラーズに戻すために。

…………じょきん、じゃきん。

「出来たよ、兄さん」

落とし残した髪の毛を払おうと、兄の髪の毛を梳いた。脱色をし過ぎたからなのか、キシキシと擦れて、帝人の指に絡まった。指をほどけば、二三本の金糸がまとわりついている。帝人は、それらを無造作にベランダに払い落した。

「おう、サンキュ。なんか食いたいものでもあるか」

肩にかけていたタオルを外して、兄は椅子から立ち上がった。そのまま上から頭を撫でられて、「くすぐったいよ」と帝人は笑いながら答える。
30センチにも満たない距離に、最強だと謳われる人がいる。それはすべて、この血が流れるおかげで。

「僕、白玉食べたいな」
「よし、じゃあこれから食いに行くか」

兄は無邪気な笑みを浮かべる。バーテン服を脱いだ兄は、ただの普通の人だ。けれども、そんな普通を帝人は求めていなかった。

「うん」

笑って大きくうなずいた。素直な、兄思いの弟のように。
その胸の奥にくすぶる思いを隠して。





ヤンデレ帝人。
可愛い帝人君が書けなくて申し訳ないです。

2011/06/10