桜人 |
さらさらと流れ落ちる花瓣に、静雄は息を止めた。 涙のようだ。 透明に零れ落ちる、涙のようだ。 綺麗だなんて、そんな安直な言葉で言い表すことをためらわせるような景色だった。それに静雄は息を吸う事も吐くことも忘れて、ただ、見つめていた。あるいは、涙が花瓣なのだろうかと考えてみた。 薄桃色の、小さなそれは、くるくると舞う。とてもこの中を歩けないように静雄には思われた。生まれてから桜を見る機会なんていくらでもあったけれど、こんなに長く続く並木を見たのは初めてだった。気圧された。そして恥じ入った。 隣を黒い詰襟の制服や、セーラー、あるいはブレザーを着た人々が歩く。話しながら、あるいは笑いながら、学校へ歩いていく。どうして彼らはこの景色をそんな無碍に歩けるのだろうかと静雄は驚きと戸惑いを感じた。不思議でならない。 胸が苦しかった。やっと、自分が息を止めていたことに気がついた。 俺は、これからこの学校へ通うのかと、静雄は改めて思う。無理だ。少なくとも、静雄はこの桜並木の下を歩いて行けられる気がしなかった。 どこからか吹く風に、花瓣が飛んだ。 白い花弁が、静雄の目の前を通り過ぎていった。 静雄は、足を地面に縫い付けたまま、ただただ、桜吹雪に、息をひそめて見入っていた。 小説top |