ある夏の日 |
暑い。熱が陽炎のように揺らめき、蜃気楼のように景色を歪ませる。酷く暑い。額から幾筋も汗が流れて止まないので、俺は何度もそれを手の甲で拭うのだが、そうしている間にも汗が流れる。シャツが濡れて、シズちゃんのように酷く不快で不愉快だ。走れば汗が散って、汗とともに力も流されていくようだった。 待て、と後ろから叫ぶ彼の声にも精彩を欠いていた。こんな暑さには化け物も耐えられないのだろう。 太陽はレーザービームに化している。地球上の生物を羨んで焼き殺そうとしているようだ。 走る俺はもう疲れていた。どうして自分は走っているのかと幾度となく疑問を持つ程だった。 ふと前を向けば、少し離れたところに林がある。神社でもあるのだろう。楢や楠などが青い葉を茂らせて、濃い影を作っていた。さわりと風が吹いて、木々が揺れた。 俺はそこに走りこんだ。背後にいるのであろうシズちゃんの事など、どうでもよくなっていた。 暑い。そしてもううんざりだ。涼しい境内で休みたい。 鳥居をくぐって砂利を踏んだ。乱暴な音で、神社を侵している気分になる。緑色の暗さに目がくらんだ。 殴りたければ殴ればいいだろうという投げやり気持ちで俺は歩いた。木々の間は涼しかった。クーラーの冷気のような人工的で濃密な冷たさでなく、やわらかな涼しさだった。ほうと、息を吐いた。いろいろなものに疲れていた。 後ろで足音がしたので、彼がここへ来たのが分かった。しかし、俺を殴ろうとする気配がない。神前では殴ろうと思えないのか、彼も疲れているのか。俺は振り返らなかった。 境内には人気はなかった。しかし五月蠅いほどに蝉が鳴いていた。雑踏よりも夏を謳うそれの方が好ましい。木製の寂れたベンチが申し訳程度に置かれていたので俺は端の方に座った。 また、ほうと息を吐いて、目を閉じだ。とたんに聴覚が澄んで彼が少し躊躇っているのが分かった。馬鹿だなあ、シズちゃん。そう言ってやりたかったけれど止めた。 頬を汗が伝うのでそれをまた拭う。 躊躇っていた彼は、けれどまたどうでもいいように歩いて座った。その衝撃で壊れかけのベンチが軋んだ。俺との距離はちょうどベンチの半分ほどの長さだった。殴ろうと思えば殴れる距離。 なんで俺たちはこんな風に座っているのだろうと思った。たぶん、太陽がその熱で脳を溶かしてしまったのだろう。 風が吹いて、葉の擦れるざわめきが聞こえた。蝉も負けじと鳴いている。 薄く目を開けて横目で彼を見た。どこかぼんやりとした顔で、確かにそこに座っていた。その白い喉を汗が伝う。透明なそれがなぜか酷く冷たいもののように思えた。いい加減、熱に浮かされている。 馬鹿だなあ、と小さく呟いた。怪訝な顔をして、シズちゃんがこちらを振り向いた。夏の日に追いかけっこをする理由なんて最初から知っているくせに。 小説top |