春よこい |
堤防に並んで植えられた桜は、まだ、蕾を堅く結んでいた。今年は昨年よりもまだ寒さが残っているみたいだと記憶を紐解いて、臨也は思う。確かに桜と同じように自分も黒いコートを手放せない。 空は花曇りの名が似合うような淡い雲を漂わせていた。何も考えず、ただ、空や木々を見ながら歩きたくなる時が臨也にもあった。そして、舗装された川沿いの堤防は、ぼんやりとしながら散歩するのにうってつけだ。 蕾は咲く様子は無かったが、遠目にその景色を眺めていると、まるで、咲き終わった後のあの渋い緋色を思い出させた。咲く前と咲いた後というのは、案外似ているのかもしれない。ただ、それから花が咲くか、葉が茂るかの、どちらかなだけで。 多分それは、他のものにでもあてはまるものなのだろう。 「さくら、さくら――……」 臨也は有名な歌を小さく口ずさんだ。 最近ではあまり花見などしなくなってしまったが、きっと、ここの桜が咲いたなら綺麗に空に映えるだろう。 ――そうしたら、シズちゃんでも誘って来よう。 きっと、一人で見に来るにはあまりにも華やいだ景色だろうから。 そんな風に考えて、臨也はまだ来ぬ春に薄く笑いかけた。 小説top |