灰色の夢



※高校時代妄想



嫌みのように、あいつは俺によく話しかけてきた。友達の少ないクラスメイトを憐れんで話しかけるように。にこやかに笑いながら、実に親しげなそぶりで何の中身もない話ばかりを。
そんな奴の態度に、俺は気がつけば殴りかかっていた。はじめて、嫌悪感から本気で殴ってやりたいと思った。

『気持ち悪い』

あいつは俺に世間話を話しかけながら、けれどもその言葉は、もっと悪意の塊のようなものを俺に向けていたのだ。鞘をなくしたナイフを向けるように。それは紛れもなく純粋な悪意で、そして俺はその時に確信したのだ。あいつと俺とは永遠に馬が合わないどころか、存在さえも否定するような、そんなやつなのだと。

普段ならば、俺の拳を受けたあいつは気絶するはずだった。けれどもあいつは初めから予想していたかのように、素早く体を捩るだけでその拳を避けた。イラついた。だから、気がつけば本能が囁くままに机を投げ飛ばしていた。クラスで悲鳴が上がった。
先ほどは華麗に俺の拳を避けたくせに、流石に机を投げることは予想していなかったのだろう。俺はあいつが大きく目を見開いたのを見た。そして、ガゴンッという、いやな音を立てて机と共にあいつの体が倒れた。それに、一際大きな悲鳴が上がった。

やっと静かになった。
そう思った。
これで、俺の求めている静かで、平和な日常がもどってきたのだと。
そして、それから気がついた。ああ、またやってしまった。きっとこんな俺をみて、せっかく築き上げてきた、実にささやかな人間関係はもろくも崩れ去った。けれどもそんな冷静に状況を判断している理性とは対照的に、俺の体は何の電気信号も受け取らなくなったかのように、ただ一点を見つめていた。

俺は何をした。

あいつは頭から血を流していた。横たわった体からは、ぐったりとして意識はないように思えた。

ああ、ああ、ああ。俺は、なにをしたのだろう。いったい、なにをしたというのだろう。

誰かがあいつの体を起こそうとして、鋭い声がそれを止めた。しかしそれは俺の耳には入らない。急速に周りの世界の現実感が無くなっていく。俺はまるで目がおかしくなったかのように、辺りの色という色が消えてなくなっていくのを感じだ。
眼鏡をかけた男子が近寄って、ゆっくりとあいつの体を抱き起こしていた。けれども、灰色の世界にいる俺には何も届かない。その世界で唯一鮮やかなものは、あいつの流す赤い血液だけだった。

とめどなく、流れ続ける血。

俺はそれを茫然と見ていた。


なにもできず、ただ、その光景を見ていた。





そこで、いつも眼が覚める。





朝だ。ぼんやりと霞みがかった頭で思った。
明るい日の光が俺の顔を照らしていた。外では煩く鳥の声が聞こえる。
ゆっくりと体をひねって、頭のところに置いてある目覚まし時計を見た。6時47分。普段の俺ならまだまだ眠っている時間だった。
大きく欠伸をして、もう一度眠ろうとする。
けれどもいくら暖かい布団の中へもぐっても、再び眠りは訪れなかった。チラチラと網膜の裏に、赤いものが浮かぶ。俺の嫌いなあいつは、夢にまであらわれて嫌がらせをしてくるのか。
軽く舌打ちをして、名残惜しく布団から出る。万年床の周りには、灰皿代わりのビール缶が昨日の夜のままに残っていた。苦いのは、好きではない。けれども時にはその苦味にすべて融かして消してしまいたい夜もあった。



本来のキャスティングならば、あそこで目を見開いて俺の机をぶつけられてしまうのはあいつじゃない。
あの、クソノミ蟲ではなく、別の、女子生徒であるはずなのだ。あいつは俺が机を飛ばすこともすべて計算に入れていたかのように、受け止めるでも、受け流すでも、軌道をずらすわけでもなく、ただよけた。それだけだ。そして俺の不注意と、そのただの女子生徒の回避能力の限界が不幸にも一致したことで起きた、突発的な事故なのだ。
俺の忌々しい青春に刻まれた、歪んだ1ページとして、今となってはどうしようもない『過去』のフォルダの中に保管されておくべき、記憶。


けれどもなぜか俺の脳内では、いつも机を受けるのはその女子生徒ではない。
あいつだ。ノミ蟲野郎なのだ。
最初に見た時はただの願望であるのかと思ったけれども、それならば俺はもっとすがすがしい朝を迎えられるはずであったし、そして夢の中であんな風に呆けたように突っ立ったりはしないはずなのだ。

あんな風に、茫然と。あいつしか見られないみたいに。



まるで、俺が、あいつを傷つけたく無かったかのように。
















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