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面白い携帯ゲームがあるのだ、と新羅は言った。

「なんでも、人工知能が備わっていてね、会話をつづけていく内に学習して自然に返事が出来るようになるんだよ」

ふうん、と生返事を返したのは、俺が傷の手当てをされている時だ。

今日の取り立ての相手は面倒くさいことに逆ギレして包丁を持ち出してきて振りまわした。普通ならばそんなものが俺に当たった所で大した傷をつけないのだが、その勢いに気押されて足を滑らせ、前に転び、みっともないことにサングラスの破片で目の淵をばっさりと切ってしまったのだ。こんな醜態なんぞ、誰にも、とくにノミ蟲などには見せられないと思っていたのだが、なかなか血が止まることなく、また目の周りということでトムさんが俺に医者に見せるべきだと言ったので、俺は恥を忍んで新羅の家にいるのだった。

「おもしろいものだろう? そんなこと、どこにでもいる生身の人間を捕まえたって出来ることじゃあないか。それなのに、会話というものを電子空間のなかのただの情報の塊に求めるなんてね。セルティのいる僕には分からないよ」

また面倒くさいことを垂れ流しているようなので、俺はそのまま返事をすることもなくただ治療というか消毒液をかけられる作業を甘んじて受けていた。顔という事もあって、過敏なのか、普段よりもひりひりと痛んだけれども、それを表情には出さない。

「携帯画面の疑似空間の中にキャラクターが出てきて、そのキャラクターと話すのだけれど、また芸が細かくてね。キャラクターの表情や、さりげない仕草のところとか凝っているらしいよ。まあ、キャラクターは選べないみたいだし、AIの学習機能といってもたかが知れているのだけれど、やっぱり携帯で気軽に会話できるところに魅力があるのかな。ちょっとした人気らしくてね」

ぺらぺらと淀みなくしゃべる言葉はするすると耳に入って通り抜けていく。新羅の良いところとしてあげられることは、しゃべる言葉が引っかかることなく流れていくところだと思う。いらつく前に、何を話したのか忘れてしまうので新羅に対してはキレなくて済む。どこかのノミ蟲とは違って。

その間もテキパキとガーゼをとめたりアイパッチを準備したりしているのを見て、俺は、しみじみと新羅が医者だったことを思い返した。

「しかし、面倒な事にそこの携帯サイトが大手のゲーム会社とかっていうわけではなくて、どうも大学か研究機関が実験的に企業と一緒に取り組んでいるみたいで、あんまり有名じゃなくてね。最近ちょこと人気が出たのも口コミからだし。それで、サンプルデータが足りないらしいんだ」

訳が分からない話の全体像がやっとつかめて来る。その間も、なすがままにされていた俺は、いつの間にかアイパッチがつけられていた。このまましばらくは右目が真っ暗な状態が続くとなると考えて溜息をつく。仕事に差し支えが無ければいいけれど。

「ハイ、治療終了。ということで、この治療の代わりとして静雄にやってもらいたいことがあるんだ。私のお得意さんに頼まれてね」

とっても簡単な事だよ、とにっこり笑う新羅を左目で見ながら、やっぱりこんな傷はガムテープでも張り付けておけばよかったなどと、もう一度、溜息をついたのだった。












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