絵の上手い人 [後]



※来神



行きよりもいささか重たくなった鞄をベッドに方に投げる。と、その反動で飛び出したスケッチブックを静雄は横目で見た。
屋上で拾った、多分、臨也のものだろうスケッチブック。
衝動的に持って帰ってきてしまったものの、こいつをどうするかなんて考えていなかった静雄である。持ち主に返すのも嫌だが、嫌いな奴だからってその持ち物を捨てるみたいな陰険な真似はもっと嫌いだ。

とりあえず、とそのスケッチブックの中を覗いてみることにした。これでなにか相手にとってばらされて嫌な事が描いてあればあいつを笑ってやろう。

初めは、屋上か自宅の窓から見たのか、街の景色が描かれていた。それらは細部まで丁寧に書き込まれている。やはり上手いものだ。まさか、あんなクソノミ虫にこんな才能があったとは意外なものだと思いつつ、静雄はページをめくる。

と、見知った姿があった。毎日のように鏡で見ている顔が、また平和そうな顔で、眠りこけている絵だった。私服姿でベンチに座っているから、きっと公園に行って眠ってしまった時の事だ。
まさか、見られていたのだろうか。

スケッチブックを潰したくなる衝動を抑え、再びページをめくると、また静雄の姿があった。今度は教室で居眠りをした姿だ。放課後なのか、少し暗く描写されている。周りには誰も描かれていなかった。
そして、ページをめくる。また、静雄だ。今度は屋上で、何か幸せな夢でも見ているのか頬が緩みきった顔が描かれている。

パラパラとめくっても、全部、自分ばかりが描かれていた。普通なら絶対に臨也の前では見せないような姿ばかり、丁寧に描かれている。


あいつはどうして、自分の姿を描いたのだろう。
臨也は静雄の事が嫌いなはずだ。事実、いつもそのことを公言している。馬鹿にしたように鼻で笑い、喧嘩ばかりを吹っ掛けて。自分だって、嫌っているのに。

それに、どうしてこれを自分の前に置いていったのだろう。
平生の静雄なら臨也のものだと分かった時点でシュレッダーのごとく破くか、もしくは解読不能なまで握りつぶすだろうが、それでも見られる可能性だってなかったのだ。それなのに、何故、こんなものを残したのか。


「クソッ……。知るかよ、んなこと……」

小さくつぶやいた。もしかしたらこうして自分を悩ませるのが、ノミ虫の作戦だったのかと思いたくなる。

どうせ、考えたってノミ虫の考えなんか分かるわけがねぇと、床にスケッチブックを放り投げた。と、その衝撃でスケッチブックから飛び出たものがあった。くるくると空中で回りながら飛ぶそれを、無意識に捕まえる。

手のひらよりも小さいそれは、小指ほどの大きさの鉛筆だった。臨也が使っていたものなのだろう。使い込まれて黒ずんでいる。
静雄は鉛筆を見た。そして、床に横たわるスケッチブックを見た。



次の日、静雄が教室へはいると、呼び止める声があった。

「やぁ、シズちゃん。おはよう」

相変わらずの美声と胡散臭い笑みを浮かべて静雄に手を振っている。もちろん臨也は別のクラスであるが堂々と他人の席の机に腰掛けていた。
普段ならばこれだけで十分に一発触発の険悪な空気が流れるところである。しかし静雄はそんな臨也を一瞥しただけで、自分の席へと向かった。

「無視するなんて酷いなぁ。そういえば、昨日のスケッチブック、どうしたの?」

「捨てた」

間髪入れずに静雄が答えると、「ふーん」とだけ言って臨也はあっさりと出て行った。

珍しく喧嘩をしなかったことにさまざまな憶測が飛び交うクラスの中で、静雄は眠ってしまおうとするかのように、机に突っ伏した。



教室を出た臨也は、確信を持った歩調で玄関へ近寄った。すでにHRは始まっており、ひっそりと静まりかえっている。
臨也は、下駄箱の近くに置いてあるゴミ箱を覗きこんだ。そこには、予想通りに丸めたティッシュや飴の袋と一緒に、真ん中で折り曲げられたスケッチブックがあった。

「まったく。素直じゃないねぇ」

最後のページを覗くと、そこには、下手くそな人間の顔のようなものに矢印が引いてあり、『ノミ虫ヤロウ』とでかでかと書かれた一枚の絵が描かれていた。描いてから気に入らなかったのか、消すように乱暴に黒い線が引かれているものの、雑な線からは描かれていることを知るのは容易だった。

学校に持って来はしたものの、返すのが嫌になって捨てた、というところだろう。

「馬鹿なシズちゃん。嫌いならさっさと投げ捨てれば良いのに」

臨也は軽くはたいて埃を落とすと、そのスケッチブックを持って再びふらりと立ち去った。












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