ブルー・トレイン



ガタンゴトン。ガタンゴトン。

枕木に当たって揺れる車内は適度にクーラーが効いていて涼しかった。その涼しさで体の火照りを鎮めながら、静雄は思う。次に会った時には終わりにしよう。
ふっと軽く息を吐いて目をつむった。背中を座席に押し付ける。堅いそれは、しかし強く反発することなく静雄の体を受け止めた。

どうして俺なのだろう。幾度となく考えて考え続けた問いが再び頭をもたげた。しかし考え続けた問いは次第に形を変えていく。


――どうして、俺でなければならないのだろう。

いくらでもいるのに。
他にも、たくさん。


それは、自身が言った言葉ではなくもう一人がいつも嬉々とした表情で静雄に吐く言葉だった。いくらでも君の代わりくらいいるんだよ、シズちゃん。



ずぶずぶと埋もれていく。そのまま、この座席に埋もれたままで消えていけたらいいのに。そんな幻想を瞼の裏に描きながら、また思う。

――次、会った時には終わりにしよう。



掴みどころのないあの時間は、まるで煙みたいだった。
終わってしまえば日常に埋もれていくはずのただの夢だった(いや、今でも夢の中からぬけだせていない)。



重たい瞼を開けて静雄は窓の外を見た。青いサングラスをしない世界は、カラフルな色で溢れすぎている。

ガタンゴトン。ガタンゴトン。

電車は夜の雑踏を滑らかに駆け抜けていった。いくつものネオンや電灯が線を書いて後ろに流れていく。
揺れる規則正しいリズムは、自身に被さって動く、あの、不規則なものとは対照的に、ゆるやかな安らぎを感じさせた。

――眠りたい。このまま眠ってしまいたい。

体力が無くなったわけではなかった。ただ、酷く疲れただけだった。
抵抗をしなくなった自分は弱くなっている。いつかやめなければいけないのだとしたら、それは今しか残されていないような気がした。



駅名を告げる声。考え事をするにはあまりにも短い時間だった。

重たい腰を上げる。そこに痛みは無い。ただ。粘つく不快感が残るだけ。
そこでふと気がついた。そういえば一度もあの部屋に泊まったことはなかった。見計らったように、仕事が早く終わった日に呼び出されて、そして最終電車に間に合うように終わるのだ。今日もそうだった。
短い時間だけ見ることが許される、儚い夢。
それさえこの空虚な関係を証明する事実のような気がして、余計に気だるさが増した。


“フレンド”の名を冠するには、少し歪み過ぎていて、
けれど別の名前をつけるのは、もっと似つかわしくない。



開いたドアを抜ければ、むっとするほど生温かい風が吹きつけた。
朝のニュースで、今日は熱帯夜になると言っていたことを思い出す。熱帯夜を指し示すのが気温何度以上からなのか静雄は知らなかったけれど、確かにその蒸し暑さにはうなずける。

ホームを抜け改札を潜って、歩く。それはちゃんと前を向いているのだろうか。

駅から出て、ふと静雄は上を向いた。ビルの隙間から、晴れた空に浮かぶ月が見えた。暑さのためなのかぼんやりとした輪郭を持つそれは、どこか幻のように不確かだった。

――家に帰る前に……、

歩きながら小さく呟いた。

家に帰る前にコンビニにでもよって酒を買おう。何でもいいから酔いつぶれてしまいたい。そしてそのまま眠ってしまいたい。


なんとなく、今日は夢を見ないだろうと思った。それに酷く安心しながら静雄は自分の家に帰っていった。








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