平和島静雄。
28歳、独身。物理教師。

視線を隠す細いフレームの眼鏡に、色素の薄い焦げ茶色の髪。強いて特徴をあげるとすれば夏でも着ている白衣と、縦にひょろ長いその体くらい。
授業は丁寧で、一人ひとりの質問にきちんと答えることから、生徒からの信頼が厚いものの、あまり変わることのない表情からどこか近づきづらい印象を与えている。
現在バスケットボール部の副顧問だが部活に顔を出すのは稀で、たいていは物理室に引きこもっているインドア派。夜遅くなると望遠鏡で星を観察している姿が何度か目撃されていた。

当たり障りのない、どこにでもいるような、そんな教師。


「なんかさぁ、ニオうんだよね」

「臭う? 先生から薬品の香りでもするのかい」

昼休み。屋上でコンクリートが作る影の下に、臨也と新羅はいた。購買で買ったクリームパンが臨也の手に握られてはいるものの、袋を開ける様子はない。
臨也は空を見上げる。青い日差しが焼けるようだ。

「なんというか、秘密の香りみたいなものかな」

「なんだいそれは。君に一番似合わない言葉だね」

肩をすくめて、新羅は卵焼きをかじった。
新羅は例によって例のごとく、“愛しの彼女”とやらが作ってくれたお弁当を食べていた。卵焼きを一口かじるごとにペットボトルのお茶を口にするのだから、いい加減彼女に文句を言えばいいと、臨也はいつも思う。
そして今日もまた、お茶を飲んでばかりいる。

「だって、平和島ってずっと白衣着てるしさぁ。見てるほうが暑苦しいっての」

青い硝子を覆うように、白い雲が横切っていく。夏の雲は影が深くて、はっきりとした姿を浮かびあがらせる。食べる気をなくしたパンは、臨也のてのひらの上で生ぬるくなっていた。

「臨也が特定の人物に興味を持つとか、珍しいね」

「まぁ、ただの気まぐれみたいなものだよ。でも、今日ちょっとお近づきになろうかとね」

「ふーん。……あの先生に関わるんだったら気をつけたほうがいいかもよ」

何気なくそう呟いて、最後の一切れを食べ終わると、新羅は綺麗にお弁当を包みなおした。視線を外して、新羅を見た。淡々と片付ける様子に何も読み取れない。

「やっぱり何か知ってるんだね、新羅」

臨也は薄く笑った。澄ました顔で新羅は続ける。

「いや、僕は何も知らないよ。なーんにもね」

そう言って笑みを浮かべると、空っぽになったお弁当箱を片手に去って行った。
予鈴が鳴る。一人取り残された臨也は、袋を開けて、クリームパンに噛みついた。甘ったるいカスタードが口の中にあふれて溶けていった。















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