そんな顔は見たくないんだ



喫茶店から外を眺めながら、コーヒーの香りに包まれているこの一時が、最近の臨也の楽しみである。

その喫茶店は、近くにある小学校からは、微かに子供たちの元気な声が聞こえてくるものの、さして大通に近いというわけではないので静かなものであった。そして、主婦がお茶するために来る、と言うにはあまりにもそっけないメニューばかり揃えていたから、店内はいつも閑散としていた。
だからこそ、こうやって真っ昼間から若い男が一人でコーヒーを飲んでいたところで、変な目で見られることもなく、静かに人間観察に没頭できるというものだ。

右手の腕時計を見た。三時四二分。
まだ、あの子がこの店の前を通るには早い。

一分ごとに腕時計を見ている自分がいて、苦笑いがこぼれた。まだ、あの子とは話しかけたとこもないのに、それなのに、ただその姿を見るだけなのがこんなに待ち遠しいなんて。
コーヒーを啜る。気がつけば、もうコーヒーは冷めきっていた。

あの子はいったいどんな表情を見せてくれるのだろうか。

たいていはキラキラとした笑顔。顔だけじゃなくて、体全体で喜んでいるような、そんな風に全力で笑う。隣にいる弟くんらしき子に大袈裟なほど手足を動かしながら、何かを楽しげに話している。その話す内容は知らない。そして、少年の名前も、臨也は知らない。
調べることは簡単だろう。この近くの小学校に通う小学生で、弟が同じ学校にいて、よく怪我をするのか包帯を巻いていることが多い少年なんて、調べていけばすぐに分かってしまう。

けれども臨也はそうしなかった。
興味がなかったわけではない。人間への興味とも、少年への好意ともつかない感情は確かに臨也の中に存在していた。


――だって、簡単に見つかってしまったら、

きっとそこで自分は少年に対する興味をなくしてしまうだろう。そんな確信にも近い何かが臨也の中にはあった。今はまだ、この面白そうな玩具を手放してしまうのは口惜しい。
再び腕時計に視線を落とせば、長針が12の文字を少し過ぎた所を指していた。
そろそろだ。


緩やかに橙色に変わりつつある太陽が、無機質な街を照らす。それだけで、なぜか暖かみがあるような錯覚がするのだから不思議なものだ。
細長く引き伸ばされた影が、ゆっくりと道の端に写った。見慣れたその影を間違うことはない。あの少年だ。
今日はどうやら少年だけのようで、オレンジのアスファルトの真ん中を一本の影が横切っていた。

――さて、今日はどんな、

少年の顔を見た臨也は、目を見開いた。
手から離れた空のコーヒーカップが机の上に落ちる。それにさえ気がつかずに、ただ窓の外を見た。



泣いていた。

ぽろぽろと、その大きな瞳からいくつもの雫が、柔らかく膨らんだ頬の上を伝って地面に落ちる。隠すことも忘れたかのように少年が歩きながら泣いていた。
硝子の中からでは、その声は聞こえない。けれども、きっと嗚咽を噛み殺しながら泣いているのだろう。
少年は、たった一人で。

臨也は少年のことは何も知らない。
ただ、帰り道を歩いている姿をのぞき見ているだけにすぎない。
少年が泣いている理由も、知らない。


けれども、そんな泣き顔を見たいわけではなかった。

拾った玩具が気に入らなかった。そんなわがままな感情に突き動かされて、臨也は喫茶店から飛び出した。




ナチュラルストーカー臨也








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