お花見に





「お花見に、行こうか」

我ながら実に安直な提案だ。春だから、お花見。別に自分が花が見たいわけでもないのに。どうしてこんなことを言ったのだろう。自分自身の思考回路を恨んだ。もう少し後でも、いやもしくはこの提案そのものをやめれば良かったのではないか。どう考えても断られるだろうに。
出来ることなら数秒まえまでにさかのぼって、そんな発言をした自分にもう一度よく考えなおすように言いたい、と言ったそばから後悔した。



親戚の子供を預かることになってね、そんな風に言って新羅に相談すれば、臨也が子供を! それはその子供が本当にかわいそうだね、という何時もの皮肉な言葉を無視して、どうしたらいいと思う、と恥を忍んで尋ねた。

臨也が僕を頼るなんて珍しい、面白がった口調で、けれども割と良心的な友人は、それなら一日どこかへ遊びに行けばいいじゃないか、というアイディアを授けてくれたのだった。
季節柄として、お花見に行こうと思ったのも、まあ良しとしよう。そこから行先を決めることも自身の情報収集能力があれば簡単である。

けれども、その提案が成功するためにはまずお花見に誘わなければいけない、という前提があったのだ。



机を挟んだ向こう側に座る子供を見る。さくさくと小さく口を開けてトーストをほおばる姿はまるでどんぐりを齧るリスを連想させた。けれども、そのリスは臨也の脛を齧り続けていた。意識的か、それとも無意識なのかは判断できないけれども。

きっとこの子供は拒否をするだろう。確信があるわけではないが、統計学的に考えて臨也はそう思った。ほとんどの外出を嫌がる子供である。その内心は流石の臨也でも読み取ることが難しい。表情も動かすことなく、それどころか動くことさえ止めてしまって一日中窓からの代わり映えの無い景色ばかり見ている子供の心境など、察することができるほど臨也は子供に慣れていなかった。

ガラス玉のような瞳が、つつ、とトーストから持ちあがって臨也を見た。すべてを反射する小さな二つの鏡が臨也の眼を映していた。まるでその本心をすべて覗き込もうとするかのように。

これだから、子供は苦手だ。小さくて弱々しい。何者かの庇護を受けなければ、すぐにしんでしまいそうだ。その癖まるで何もかもを吸収してしまうかのように見えて、本当は全部を反射している。自分の姿をこんな風に見せられるのは好きではない。

どんな暴力団の幹部の前だろうが、政治家の前だろうが動揺を見せることがなかった自分だったが、その時は手の中がじっとりと湿ったことが分かった。こんな子供に振り回されて、どうする。情けない。いつものあの飄々として、多くの人間を手駒として扱う自分はどこに行ったのか。

多くの女性を落としてきた優しげに見える笑みを顔に張り付けて、お花見に行こう、と今度は語尾を強調しながら繰り返す。手のひらをジーンズに擦りつけた。ここで首を横に振られてしまったら、きっともう二度と自分はこの子供に近づくことが許されないような気さえした。そうなってしまったら、と思うと、たまらなく自分の中の何かを引っ掻いた。

永遠に思えるにらめっこが続いて、小さく、本当に小さく子供が顎を引く。それが肯定の意味を示している、ということを理解するまでに、一瞬の間。

え、あ、ええっと、内心の動揺を隠す余裕もなく、そんな言葉にならない声が臨也の口から洩れた。拒否されることを願っていたわけではない。けれども、こうして子供が自分に近づくことを許してくれるとは想像していなかった。

花見に行く場所も、そのプランもすべて立てた上の行動だった。普通に女性と付き合う時よりも入念にリサーチをして、下見にも行って、子供が動く時に怪我をしない、そして花を見るだけではなく他にも遊べるようなそんなところを探すことに、どれだけの労力と時間を費やしたことか。それが今の一瞬で、すべて報われたのだった。

よ、よし。そうか。じゃあ、これから行くけど、良いかな。良いかな、って聞いたところで否定されても仕方がないだろう。なんて即座に頭の中で自嘲する。こんな子供に振り回されて、いつもの自分らしくないではないか。

けれども返事をすることがないと思っていた子供は、先ほどよりもほんのわずかであったが深く頷きを返したのだった。










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