「泣いているの?」 |
※小学生妄想 いつも通りの日常のはずだった。 いつも通りに喧嘩を吹っ掛けられた静雄は、いつも通りにムカついて、だから周りにあった一番重くてでっかいものであるポストをムカつくやつらに投げつけた。いつも通りに『化け物』と言われ、いつも通りになぐって蹴って投げ飛ばした。 そして最後には静雄の周りには気絶して倒れた人たちとボロボロになったポストや標識があるだけだった。 春、と言ってもまだまだ夜になれば寒かった。夕闇の中で吹きつける風は子供の高い体温をいとも容易く奪っていく。 静雄の口はぜえぜえと荒い息を吐く。そこだけがぽっかりと白く浮かんだ。喧嘩をしたやつらにナイフでも持っているのがいたのか、服の破けたところから風が入り込んでひどく寒かった。 早く家に帰りたいと思うのに、なぜか足は突っ立ったまま、夕焼けから夜に変わる境目でひとつふたつと輝く星を見ていた。 よどんでいるみたいだ、と思う。 気がつけば底なし沼に足を取られて、そして誰にも見つからずになすすべもなく引きずられていくような感覚。 沈み切ることもできず、自分からは抜け出すこともできず、ただ、空を見上げるだけ。 ――ああ、どうしてオレってこうなんだろう。 暴力はキラいなのにどうして、こうやってふるってしまうんだろう。 じゃり、と後ろで誰かが近づく気配がした。倒したやつらの仲間かと思って振り返れば幽がいた。 月光を背後にして立っている幽がとても綺麗だと静雄は思った。 「あにき、帰ろう」 静雄の手を取った幽の手のひらは、静雄に負けないほどに冷たかった。探させてしまったのだろうか、なんて後悔した所でもう遅い。けれど幽の前だけでもいいからちゃんと兄としていたいと思うのは卑怯なのだろうか。こんな普通ではない力を持て余しているというのに。 「ごめん、幽」 そう言って謝れば、ぎゅっと手を握りしめられた。 自分の冷たい手のひらを触ってもつめたいだけだろうに、でも握りしめ続けられるとだんだんと温かくなってくる。 それなのに、自分からはそんな幽の手のひらを握り返すことすらできないのだ。 「本当に、ごめん」 きっとこの手を振り払えない。それこそ、一生。 だってこの温かさをくれるものなんて他に知らないのだから。この底知れない深い闇から救ってくれるのは、いつもこの小さな手のひらだけなのだ。 「いいよ、大丈夫だよ」 優しい幽の言葉に、耐えきれなくなって静雄は幽の肩に顔をうずめる。普段ならばうずめるだけで、その手は何にもしがみつくことなく宙ぶらりんのままに投げ出されているが、今日は片方だけ幽と繋がっていた。 温かかった。その温かさにさえ涙をあふれさせる理由になった。 静かに染まっていく空の下で、そうやって声を押し殺してしか泣けない兄の背中を、弟はそっと撫で続けた。 小説top |