血糊のルージュ



※高校時代妄想



教室の中を夕日が赤く染めていた。真っ赤な光は、燃え上がんばかりに机を照らす。
そんな教室の中に臨也はいた。
その端正な横顔が太陽に照らされていようがお構いなしに、窓際の席に座って文庫本を読んでいる。無表情で、どこかつまらなさそうでもあった。かさり、とページをめくる音だけが教室の中に響き渡る。静かな空間だった。

唐突に教室の扉が開かれる。臨也が振り返れば、そこには見慣れた色素の薄い髪。

「ゲッ、なんでお前が居るんだぁ? いーざーやー?」

静雄は臨也の姿を認めると同時に、そう吐き出す。眉をひそめて、実に嫌そうな顔だ。パタン、と音を立てて、臨也は文庫本を閉じた。栞を挟んではいない。自分が読んだページ数を覚えておくくらい、臨也には造作のないことだった。

「それは、こっちのセリフかな。シズちゃん」

うかうかしている暇はない。油断していたら、机の一つや二つほどこちらに飛んでくることになるだろう。
素早く本をカバンの中に納めると、とっさに床に身を伏せる。巨大な質量をもった物が臨也の頭上を勢いよく通り過ぎていく。そのまま、誰かの机が柱に激突する、醜い音が響き渡った。

「おお、怖い怖い。あんな机投げられたら死んじゃうよ。まったくシズちゃんって本当に乱暴だよね」

しゃべりながらも、臨也は中腰にかまえた姿勢から静雄に向かって駆ける。袖をひと振りして折りたたみナイフを取り出した。

「逃げんじゃ、ねぇッ!」

すでに静雄は別の机を上に持ち上げて、こちらに向かって放りなげようとしていた。背中を大きく後ろにそらして、振りかぶる。机には誰かが置き忘れた教科書が入っていたのか、バラバラとシズちゃんの目の前にノートや教科書が落ちていった。もちろん、投げられれば臨也は無傷では済まされないだろう。
けれども。
時間にしたら1秒もないほどの差で、臨也は静雄の前にたどりつくと、そのままの勢いを殺さずに腹部に向かってナイフを突き上げた。普通の人間ならば内臓に達するほどの鋭い突き。だが、その刃はカッターシャツを切り裂いて腹部で2,3センチもぐりこんだだけで、強制的に止めさせられる。臨也に押される形になった静雄は、後ろに倒れるように机を取り落とした。

「あーあ、今日もダメかぁ」

ぽたり、ぽたりと静雄の脇腹から流れでた血が、ナイフを伝って床にシミを作る。赤い染料が、白いシャツを染めていった。臨也は、その場の緊迫した空気にそぐわないような楽しげな笑みを浮かべた。突き刺さったナイフを左右に捩り、少しでも傷を与えようと力任せに押し込み続ける。

「くそ、テメェ……!」

いくら静雄が怪物じみた力をもっているとしても、痛みをすべて消すことができるわけではなかった。痛みが腹部から全身に広がる。一層募らせた憎しみを拳に込めて振り上げるも、殴られることを予測したのか、臨也は素早く静雄と距離を取った。一撃必殺の拳は何にもあたることなく空を切る。ひらりと臨也の腕が舞って、振り下ろされた腕を切り付けた。静雄の腕に、赤い線が刻まれる。

「アハハハハハハハハハハ! シズちゃん、どうしたの。そんなんじゃあ喧嘩人形の名も泣くよ?」

蔑んだ目で静雄を見ながら繰り返し笑う臨也。無防備に腹を抱えて笑い続ける姿に、隙ありと、静雄は臨也の襟首をつかんで持ち上げていた。

「ハッ、ちょこまかと動きやがって。こうしたらお前でも逃げられねぇだろ」

勝ち誇った静雄の声に、ニヤリと臨也は唇を歪ませた。自分が命の危機に瀕しているのに、その顔からは余裕の色が消えることはない。その顔をみて、警告音が静雄の中で鳴り響いた。頭の中によぎる、嫌な予感。

「逃げられないのは、どっちかなぁ? シズちゃん」

と、遠くから大勢がこちらに走ってくる音が静雄の耳に届いた。本当はもっと前から聞こえていたのだろうが、怒りでわれを忘れた静雄には聞こえているはずがなかった。

「てめぇ、まさかっ……!」

その音で何か分かった静雄は、ニヤニヤと不敵に笑う臨也をきつく睨んだ。

「この俺が保険をかけておかないとでも思ったの? 馬鹿だなぁ」

そう言って臨也が右手を持ち上げれば、携帯電話の履歴が映っていた。そのリストの一番上には、静雄の知らぬ男の名前。

「まあ、シズちゃんは知らないかもしれないけれど。君は割といろんな人に恨みをかっているからさ、とっても簡単だったよ?」

悪魔の囁きのような、そんな言葉を言い終わるか終らないかのうちに、教室のドアが蹴られる破裂音で静雄は後ろをを振り返った。そこには、先ほどから走ってきたであろう剃りこみや改造制服などを施した、いかにも、な集団が集まっていた。数は15から20人ほどだろうか。そのどれもが鉄パイプやバッドなど何らかの武器のようなものを持っている。

「ァあ? お前が平和島静雄かよ」

集団の先頭にいたスキンヘッドで体格の良い男が言う。どうやらその男がリーダー格のようだった。どこかの高校のブレザーを身にまとっているものの、その顔からは高校生のような雰囲気は垣間見ることはできない。

「だとしたら、どうした」

振り返ったままで、静雄は淡々と答えた。
と、気がつけば手の感触がおかしい。襟首をつかんでいたはずの臨也の気配が無かった。スキンヘッドのことなど頭から抜け落ちたかのように背を向けてあたりを見渡すも、臨也の姿はない。どうやら、静雄の意識が移った隙をみて逃げたようだった。大きく舌打ちをする。
そんな、こちらをまるっきり無視した静雄の様子に、スキンヘッドの男は舐められたとでも思ったのか、唇を歪ませて醜い笑みを浮かべると、

「ガン無視たぁスカしたまねしてんじゃねェよッ!」

叫びながらスキンヘッドが殴りこんだ。それに続けと、周りにいた仲間も一斉に静雄へ駈け込んでくる。そのまま、集団でのリンチになるかと思われたが、彼らの進軍は思わぬものに阻まれた。


「うぐぶっ」


ごくありふれた学習机だった。それが、スキンヘッドの顔面に大きくのめり込んでいた。その口からは奇妙な叫び声が吐かれ、男は真後ろに気を失って倒れる。


「は……?」


一瞬の出来事に、誰も反応できなかった。ただ一人を除いて。

「……喧嘩売るってことは、殺られる覚悟もできてんだろうなあアァ――――――ッ!」

机の脚を片手で持ち上げた静雄が吠えながら、本日三脚目を不良達に向かって投げつける。



そして、それを皮切りに、地獄絵図が繰り広げられた。







20分後。教室には、肩で息をする静雄だけが居た。
教室はまるで台風が通った後のように、かき乱されていた。椅子の足はねじ曲がり、黒板や壁には机だけでなく黒板消しや教卓までもが墓標のように突き刺さっている。ガラスは痛々しげに割れて、鋭い破片を回りに飛び散らせていた。周りにはだれもいない。喧嘩を売ってきた奴らは、すべて逃げ去った後だった。ただ、床や机にこびりついた赤黒い血が、その喧嘩のあとをうかがわせるだけだ。

静雄は、大きく深呼吸をすると、肩を壁付けるようにしてもたれかかった。臨也に刺された脇腹に手を当てれば、ぬるりとした嫌な感触。手のひらを見れば、赤く濡れていた。

「…………クソッ」

先ほどから、頭が鈍く痛み続けていた。どうやら思っていたよりも多くの血を流しすぎたようだった。少し休んだら新羅の所に行こうと決めて、そのまま静雄はずるずると壁にもたれて座りこんだ。眠るかのように、瞼を閉じる。

と、誰かがこちらに近づいてくる足音がした。先ほどの残党だろうかと、重たい瞼をこじ開けて教室の出入り口へ目を向ければ、そこにはいつでも最も会いたくない人物がいた。

「あーあ、またひどい有様だ」

静雄からは、臨也の言葉に対する返答は何もなかった。ただ、ゆっくりと息をするその呼吸音だけが響く。何かを言い返せるほどのやる気は、すでに血液とともに流れてしまっていた。

「思ったよりも、出血がひどかったのかな。さすがに、シズちゃんでも失血したらこんな風になるんだね。面白くないな。ていうか、」

――さっきから無視しないでくれない?

そう言いながら、臨也は乱暴に静雄の髪をつかむと、うつむいていた顔を無理やりに引き起こして、臨也へと向けた。その顔の至るところには擦り傷や切り傷が散らばっている。その瞳は獣のように激しい怒りを込めて、臨也を睨みつけていた。
しかし、その鋭い眼光など気にすることなく爽やかな笑みを浮かべて、臨也は笑う。

「やっぱり、シズちゃんはそうでないと面白くない」

言い終らないうちに、臨也は静雄の上唇に噛みついた。
キスと言うには、あまりにも乱暴だった。まるでえぐるようにして、静雄の唇を食いちぎる。突然の事に、静雄は驚きで何も反応できずに、眼を大きく見開いただけだった。唇に、小さな痛み。


「ハハッ、まるで口紅でも塗ったみたいだよ」


臨也の嘲笑う声が教室に木霊した。
そして、次に静雄の唇に触れたのは、しかしひどく優しいキスだった。















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