スピリタス 7



無理だ、と思った。もう逃げられなかった。どこにも俺の逃げる場所は無く、ただ前に進むことしかできないのだ。今までの等間隔で伸びる平行線に、俺達はもはや居られない。顔を上げた。シズちゃんがこちらをじっと見ていた。綺麗な顔だ。ずっと眺めて居たいくらいに。彼のその目を見ながら俺は口を開いた。

「……そうだよ、俺は、君のことが好きだ。高校の時から、ずっと」

言ってしまった。

この時ほど死んでしまいたいと思ったことはない。穴があったら入りたい。そんな羞恥心が後からやってきてもう駄目だった。天下の情報屋が、エントランスで、喧嘩人形に愛の告白をするなんて! 俺は口を閉じることもできず、かといって顔を見上げることもできず、靴の数を数えながら恥ずかしさをごまかすかのようにさらにまくしたてた。

「ずっと好きだったんだよ。一目ぼれして君のことをずっと追いかけてでもどうせ報われないだろうから、どうせなら嫌われてやろうと思っていたんだけれど、あの飲み会の時に君を負ぶさった時にもう駄目だったんだ。ああ、本当に君にとっては心外だろうけど。
 軽蔑しただろうね。いや軽蔑してくれたってかまわないし、もしも本当に俺のことが嫌だったら俺はもう二度と君に近づかないよ。池袋にだっていかない。でも俺は君のことが好きなことは本当なんだ。なんで君なのかとか分からないくらいに好きなんだよ。君の顔も手も足も何もかもが、――……」

これだけの長い言葉を言い切った後に感じたのは驚きだった。
普段の彼ならばこんな長々とした文句など途中で飽きてものを投げ始めるはずなのに、いまだじっと動かないでいるシズちゃんに疑問をもって顔を上げた。

うつむいていた彼の金髪が揺れている。この時ばかりは彼の身長が高いことが良かったとさえ思えた。おかげで彼が頬から耳まで真っ赤にしていることがよくわかる。そうして、わかってしまった後はなんだかもう、いたたまれなさといとしさが俺の胸にあふれて思わず目の前の薄い体を抱きしめて居た。
ああ、もう、この布の柔らかな感触でさえ、馬鹿みたいに好きだ。

「シズちゃん」

「なんだ」

「好きだよ」

「……さっき知った」

「君は」

「……知らねぇ」

「知らないの?」

「……うるせぇ黙れ」

言葉とは飯台に、おずおずと彼の指が俺のコートを引っ張ったことが分かった。それだけで、もう、俺は何も言えなくなってしまう。
頭がくらくらするほどカクテルを飲んだ時みたいに、なんだかこのまま死んでしまってもいいような気がした。ふわふわと浮いて、そのまま何処までも飛んでいきたい。

耳元でなる鼓動が酷くうるさかった。けれどもその煩さは一人分ではないはずだ。
たぶんきっといや絶対に。





fin








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