ろくでもない肋骨が六本



細く浮いた肋骨が三本。それから、その下に赤い直線。そいつは赤い光になって、俺の目を焼く。奥が痛む。いやほんとは痛くないけど、痛いふり。顔をしかめたら、鏡の俺も顔をしかめた。なんだかキモいブルドックに見えるな。金髪のブルドックなんか見たことないけども。もっと上手いブルドックの真似をしようとして、色々と顔を変えている時に、はたと本来の目的を思い出した。そうだ傷の手当てを俺はしにきたんだっけ。

俺は手に持っていたビニールテープを引っ張った。びびびと音がした。ビニールテープの断末魔。こいつも痛いのかもなあ、俺だってたぶん引っ張られたら痛いだろうから。
10センチくらいひっぱり出して、はさみで切った。引っ張られていたそれは垂れ下がって俺の指に、辛うじてぶらさがっている。それだけ見ると包帯のようで、でも包帯よりもずっと安上がりなビニールテープ。
何も見ないふりをして、傷をテープで覆い隠せば赤い光は遮られた。ああよかった。もうこれで一安心だ。ちゃんとトムさんに手当をしろと言われたそれを、したのだから、大丈夫だ。

俺は安心した振りをして顔を上げる。鏡の俺も顔を上げる。隈が出来ていた。鏡の中の俺は疲れているのだ。
その理由を俺は知っている。なぜなら、金が無いから。金があれば、まともに食事ができるし、傷に包帯を巻けるし、そしてむやみやたらに喧嘩をする必要も無くなる。お金さえあれば、なんでもできる。けれどもそんな大事なお金を持っていないので、俺はこのろくでもない不健康で不健全な暮らしを強いられているのだ。誰でもない俺自身に。
お金は大事だ。とても大事だ。だから俺は仕方の無しに働いているが、俺は最近どうもそれが俺自身を苦しめている現況なのではないかと思う。仕事をするために外に出れば必ず何かしらの公共物を壊してしまって、だから俺の給料は仕方の無しに削られ削られ借金になり、そうして重たい鎖になって俺を縛り付けている。だから鏡の向こうの俺は疲れている。俺も疲れている。

ああ、そうだ仕事に出るからいけない。この部屋の敷居から一歩そとに出たらそこはみんな壊れやすい砂で出来た街でだから簡単に俺に崩されてしまって、だからいけない。この部屋から出るのがいけないのだ。金が無いのは俺自身のせいではない。仕事のせいだ。仕事をしていても貯金はない。毎月トントンの生活だ。生活というよりも、屋根の下に辛うじて暮らせるくらいの、ホームレスに毛が生えたような生活だ。むしろ仕事を初めて悪化したような気がしている。実家に暮らしていた時の方が、全然、まだマシな生活。けれども、今更、仕事を止めて実家の両親に向ける顔を持っていない。

鏡の俺は情けない顔をする。おいおい眉毛が下がって口もだらしなくってみっともないぜ。俺は声に出さずに鏡の俺に教えてやる。それからお前は服を着たほうがいいぜ。なんだか肋骨の見える体は貧相でああ、そういえばこいつは俺だったなんていういらないことを思い出してげんなりする。いやだいやだ、こっちの世界もいやだが鏡の向こうだってそうたいした違いはない。ああ、嫌だ。

鏡なんて見飽きて振り返っても、そこにはつまらない部屋の景色しかない。ごちゃごちゃして足の踏み場もない景色。空き巣に入られても絶対に気が付かないだろう。どうせ金なんてこの部屋には落ちてないのだけれど。
というか俺の金なんて堂々と呼べるものがあるのだろうか、という嫌な疑問に行きつきそうなのでそこで強制的に思考をストップ。危ない危ない、なんだか嫌な気分になるところだったぜ、なんて思いつつもずんずん歩いて煎餅布団へ。

三つ歩けばゴールだけれど、その途中に俺は咄嗟に目を覆えなくて、ついつい部屋の隅にある面倒なものに気が付いた。ベストとシャツと、その他もろもろが積み重なった小さい山。服の山は梅雨で洗いに行くのをあきらめるたびに大きくなっている。
俺は目をそらしてから、頭の隅でいい加減コインランドリーに行かなければ、となおざりに予定を立てる。仕事に行って、帰ってきて、そうしたら、行こう。そうやって明日の予定を立ててもう1週間たっていて、それなのに俺は未だに行っていないことにも、俺は見ない振りをするのだ。
世の中には気が付かないほうが良いことが山の様にありすぎる。例えば包帯も買えないこととか、服が片づけられないこととか、俺がろくでなしなこととか。

そうしたもろもろを全部見ない振りをして、俺は布団に入り込む。薄い布団は万年床で、なんだか湿気を含んでいる。こいつも晴れたら外に乾そう。絶対にしないことを俺は予定に組み入れた。明日の自分ならいくらでも期待が出来るからありがたい。

今日の俺も、昨日の俺も、全部明日の俺に押し付ける。そうして知らない振りの方法ばかり、俺は毎日上手になっていく。









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