あなただけを見つめる



※先生と生徒





光っている。

臨也は彼の姿を視界にとらえるたびに、何か眩しいものでも見たときのように瞬いているようなそんな気がして、手をそっと瞼の上に乗せる。影を作れば、やっと彼の姿を捉えることが出来た。向日葵に水をやっているようだ。彼は物理科の教師である。そうして水やりというのは事務員などがやるのが普通だろうと思うのだが、けれど、臨也が見る限り、その向日葵に水をやっているのは常に彼だけだった。
また、水をやっているんだ……。胸中に落ちた言葉は濁りを伴って消えた。残骸を認識するのは困難だった。

そうして夏休みは来る。長期休暇にはしゃいでいるような学校の雰囲気をよそに、臨也はどこか不可解な思いを抱えていた。今年の夏もいつもの夏のように予定を入れてある。けれど、早く休みが終わってほしいと思うことなど初めての経験だった。

登校日が来た。
臨也は学校に足を踏み入れたときに、ふとした違和感を覚えた。何かが足りない……。しかし数週間の空白は記憶にいくつもの穴を空けていた。したがって、その違和感の正体にすぐに臨也は気が付かなかった。だから担任の言葉を話半分で聞き流していた時には、はっとその正体を知った時には、もう、手遅れだった。
頭痛の振りをしてHRを抜け出した臨也は、早歩きだったその歩調を全速力に変えて走った。

校庭の隅の煉瓦で囲まれた小さな花壇。

夏休みの前、向日葵はまだつぼみだった。きっともうすぐ咲くだろうと彼は水をやっていたその向日葵は、ただ枯れ果てていた。水分の抜け、萎れて茶色く縮こまるそれはひどくみすぼらしいものだった。ただの枯れたそれは普通に見ればもう燃えるごみなのだろうが、臨也にとっては確かに別の意味を持っていたはずのものだった。けれど手遅れだった。元に戻ることもなく、そうしてあの眩しさを感じることもないのだ。

いや厳密にはそれは違うことに気が付いてしまった。向日葵が見えなくなったことがこの喪失感を生み出すもとではない。きらきらと瞼の裏に映る光の様な、白衣を着た姿。平和島先生は一身上の都合で退職なされて――……、教員のシステムなどあまり詳しくはないが教師からの話の一言も無く姿を消すことなどあり得るのだろうか。先ほどのHRで聞いた言葉を臨也は思い出した。
それはあまりに唐突で急激で、そして微細な変化だった。誰も講師で来ていてさして授業もしてこなかったあの人物の姿など心に求めていないだろう。けれど臨也にとってあれは眩しすぎる景色だった。

手遅れだった。手遅れになってしまった。

その前に何もできず何も気が付かずいつの間にかどこへやら消えてしまった。
ただ、言えなかった言葉ばかりが胸の内に積もったまま、風化せずに固まっている。後悔のような懺悔の様なその思いは行き場を無くした。

臨也はただ一人、枯れた向日葵ばかりを見つめていた。








小説top

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -