樹齢 |
「俺、マックに行ってくるから。お前はいつものシェイクでいいか?」 「すんません、トムさん。お願いします」 静雄がトムに謝ると、これくらいどうってことないと笑って、トムは静雄の頭を撫でた。それがくすぐったくて、静雄は目を細める。 「じゃあ、お前は公園で待ってろよ」 そう言い残してトムは、マクドナルドの方へ駆けて行った。小さくなる背中を見送る。本来は自分が行くべきなのに。軽く自己嫌悪の念が湧きあがった。でも、きっとあの人は俺が謝っても、すぐに許してしまうだろうな、と一人笑みがこぼれる。 ――トムさんは、本当に俺に優しい。 その優しさは、静雄にとっては暖かすぎるほどだ。今度、お世話になっているお礼として、何か渡そうと考えながら静雄は公園に向かった。 ふと、公園の景色が普段と違うことに気がついた。 何かが足りない。 ベンチに座って、煙草に火を付ける。ゆっくりと息を吐き出して、紫煙をくゆらせた。白い煙が、春の穏やかな空気に溶けていく。 その煙をぼんやりと目で追いながら、なぜか普段よりも眩しいことに気がついた。そしてぽかぽかと暖かい。 疑問に思って首をひねったが、何も思いつかなかった。何だったかなぁ、と腕を組んで、足元に視線を落とす。そこには、いつも静雄にかかっている木の影がなかった。 ――そうか、木が、無い。 体をひねるようにして、後ろを振り返れば、ただそこには年輪を見せた切り株がこちらを向いているだけだった。 いつものように、立派な幹を構えて天に向かって伸びている枝はなく、無残に切られた残りしかない。まだ切られてから日が浅いのか、その年輪はまだ白くて痛々しい。 切り株は、静かに毎年のように年輪を刻みつけて、自らが生きてきた証拠を残していた。いったいその年月はどれくらいなのか、知識のない静雄には判断することはできない。けれどもその積み重ねてきた年月は、人間のエゴによって断ち切られてしまったのだ。 ――俺には、これまでの人生を刻んできたことを証明するものなど、あるんだろうか。 年輪を見ながら、静雄は思った。 多くの人に恐れられ、忌み嫌われ、傷つけ、傷つけられ。けれどもそれは、ただの通過点なのだ。人々の中にあるそれらの記憶は「池袋の自動喧嘩人形」という仮面でしかなく、ただの人間としての「平和島静雄」として、何かに刻みつけてきているのだろうか。証明するものなど、あるのだろうか。 確かに、中学生や高校生時代よりも静雄の周りにいる人間は増えた。ただの人間である「平和島静雄」を知る人間が。幽や新羅だけではない。セルティや、トム、サイモン。それに、門田や遊馬埼、狩沢達だって加えてもいい。なんなら、ノミ蟲も。けれども、彼らと過ごしてきた時間は、すり抜けるように静雄の手から流れて行ってしまう。 ――……名前ばかりが独り歩きして、俺は一体どこにいる。 自分が暴力を振るってきた忌々しい過去。けれども、それはただ嫌いなだけではない。忘れたくない思い出も、あるのだ。 立ち上がって、煙草を携帯灰皿にねじ込みながら、切り株のそばにしゃがみこんだ。ゆっくりと、年輪を撫ぜる。思っていたよりもざらざらとした感触だった。 そんな時、冷たいものが頬に当たった。驚きで肩がはねる。 「ほれ、シェイク」 驚いて上を見上げると、いつの間にかハンバーガー屋から帰ってきたトムが、シェイクの入ったカップを静雄に向かって差し出していた。ニッと笑う顔は、いたずらを成功させた子供のようだ。 「あ、ありがとうございます……」 静雄は差し出されたシェイクを受け取る。ひんやりとしたその冷たさは、太陽の熱で火照った静雄には心地よい。再び切り株へと目線を移すと、トムが静雄の隣へしゃがみこんできた。大の男が二人で公園に座っている光景は、シュールなんだろうな、と思った。 「あー、こいつ切られちまったか」 トムも静雄と同じように、晒された切り株の表面を撫でた。優しく、まるで今までの木の生涯を労わるかのように。 「しかし、植物ってのは強いもんだな」 そう言ってトムが指さしたのは上に向かって枝を伸ばす、小さな木の芽であった。残った木の根から生えたそれは、静雄の小指ほどの長さだったが、葉を付けて、懸命に太陽へ向かっている。どこかその姿は、未来へ向かっているようにも見えた。 それを見て、静雄はフッと肩の力が抜けた。 「……そうだよな。今までのことなんて、どうしようもねぇよな」 小さく呟いた静雄の声は、ただ風に流されて消える。けれど、静雄には、木の芽が励ますかのように揺れたような気がした。 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ お題お借りしました。 joy様 小説top |