愛の告白とそれから



「人類の起源ってどこまで辿ればいいと思う? ただの動物だった猿から類人猿にまで進化してそれから原人にまでなって、やっと俺たちホモサピエンスが現れてくるんだけれどじゃあ俺が猿まで愛の範疇に含めているのかって言われればそれは違うとはっきり答えるよ」

長々と管を巻く男の演説を、門田達一行はロシア寿司に入って直後に耳にした。聞きなれたその美声は座敷の方から朗々と響き、しかし普段より大きめの声からは酔っ払いの気配が濃厚に漂う。
「うわ……」面倒な時に来てしまったと思ってももう遅い。寿司を目前にして喜々とした表情の自分の連れを見たら、もう店を変えることは難しいだろう。
仕方がない。触らぬものに祟りなし、そんな言葉が門田の脳裏に浮かび、面倒なことになる前に離れた座敷に行こうと遊馬崎と狩沢を促したとき、話し相手の正体がはっきりと呼ばれて思わず立ち止まった。

「ねえ、シズちゃん」

シズちゃん……?

「君はさあ、俺が人間を愛してるなんて言う言葉なんてどうせ嘘っぱちだとか思ってるんだろうけれどね、それは違うとまた俺は答える。だって君は人間じゃないけれど俺はどうしようもなく離れたくないって思っているだけでそんなことで人への愛なんて尽きるもんじゃないんだ」

折原臨也の口から飛び出た名前は、確かにその仇敵のもののはずだ。「は?」理屈ばかりこねる人間など大嫌いであり、そうしてそのなかでも特に折原臨也を嫌悪する平和島静雄がその場に存在することを聞き、門田は反射的に次の瞬間にはこの場所が惨劇へと変わることを予想した。

「俺は人間が好きだ。彼らは実に魅力的だよ。でもそれは猿なんかじゃなくて、やっぱり不特定多数の社会を形成した中での没個性的なものでしかなくて、それなのにその範囲内に収まってくれない、人間より猿に近い、いや例えるならライオンかな。まあ、そんな人間らしくないシズちゃんのことなんて本当は嫌いだったはずなんだよ」

けれど相変わらず、声は快活なままに言葉ばかりを続けていくのみだ。
まさか折原一人が酔っぱらって壁に向かって話しかけているだけなんだろうかという疑問が浮かび、それはそれで不憫な姿を晒す同級生を忍びなく思った門田はそっとその衝立の隙間からうかがう。しかし、やはりそこには黒髪と金髪の予想していた二人の姿があった。酔っているのか静雄は黙々と目前の寿司を食べ続けているだけようで、折原の言葉は聞き流している様子だ。しかしこの二人が同じ席で寿司を食べる様子は実に心臓に悪いものだと門田は思う。

「なんすか、門田さん。覗きっすか?」

「きゃ、ドタチン。男二人で寿司食べてるところを邪魔しちゃ悪いわ」

後ろからはやし立てる声に「うるさい、何でもねえよ」と返す。囃し声も小声だったのはやはり遊馬崎達も遠慮したのだろうか。
そんなことをしている間にも、折原臨也の冗長な演説は続いていた。

「だからね、俺が君に対する感情は好きだとか嫌いだとかそういう範疇をこえているわけだ。好悪以前の問題だね。つまりさ、俺が何を言いたいかっていえば不肖にも君のことを愛しているかもしれない可能性があるんだよ。君は人間の範疇だとは言い切れないんだしこれを愛だと断定するにはあまりにも早計だと思う。でも、俺は君に触りたいと思うし誰にもやりたくないって思うのもあるわけで、ああ、もう、本当にこんなことを君に言うことは俺の本意じゃないんだけれど」

「テメエ、ちょっとは黙って食え」

初めて喋った声の主に思わず門田が振り返ると、そこには想像を絶する光景があった。
平和島静雄が折原臨也の襟首をつかんで上に引き上げているのはよく見る光景だが、その上で唇を合わせているところなど日常ですらそうそうみることはない。キス。接吻。マウストゥマウス。それを男同士で、なおかつこの水と油よりも反発しあって仲が悪いことで評判の二人のものを見ることになるとは。

「………………」

絶句する門田の後ろで、遊馬崎の目を手のひらで隠した狩沢が明るい笑顔で言う。

「あれえ、ドタチン、その反応ってことはまさか今まで知らなかったの? 腐女子界隈では結構有名なんだよ、この二人のこと。イザイザとシズちゃんっていつも喧嘩しながらやっぱりこう親密な関係なんだって!」

「なんですかあ、狩沢さん。俺なんにも見えないんすけどー」

「いいのよー、ゆまっちにはちょーっと刺激が強すぎるから」

「ハッ、まさか宇宙生命体のイカ少女がやっと池袋を侵略しに来たんですか、それとも布団で簀巻き状になった青髪美少女がついに俺の前に姿を現してくれたんですね、狩沢さん!」

「ブッブー。確かに刺激が強いけれど、残念ながらどっちもはずれでーす」

相変わらずの日常を繰り広げる二人の会話を聞きながら、やっと門田のフリーズも溶けてくる。思えばあいつらは昔からお互いしか目に入ってなかったようなものだからこうなるのも仕方のない……ことなのか。よくわからないが、まあ、何にしろ池袋が平和になるのならそれでいいのかもしれないな、と強引に自分を納得させて、新しく始まるアニメの話題へと移行していた遊馬崎達を引き連れ奥の座敷へ向かった。



それから三日後。

街中で相変わらずの喧嘩を繰り広げる臨也と静雄の会話を断片的に聞き取った門田は、それが犬も食わぬ痴話喧嘩だと気が付いて人知れず溜息を吐いた。








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