ウサギ |
※二人とも小学生 死んで肉片になったウサギをシズちゃんは大事そうにかかえていた。白いウサギだ。まだ小さいそれを大事に大事に抱いているから、血や毛がべったりとトレーナーに付いてしまっていて、あれじゃきっとシズちゃんの母親におこられるだろうなあとぼくは思った。 「今、先生呼んでくるから。それ、地面においておいた方がいいよ」 シズちゃんのためを思ってそう言ったのに、シズちゃんはおこったような目をしてぼくを見るので、それがとても気に食わなかった。 だってあのままでいたらもっと汚れてしまうだろうってことぐらい、どうしてシズちゃんは分からないのだろう。それからふつうの人は死んだウサギなんか気持ち悪がってそんな大事そうにかかえないってことも。 ばかだなあ、シズちゃんって。 口に出さないけれどもそう思った。ぼくはシズちゃんに背を向けて職員室に向かって走っていった。 たぶんどこかからネコが入ってきてウサギを殺したんだってことになった。そうして先生達がウサギ小屋にカギをかけることにした。ぼくとシズちゃんは二人でカギを取りに行く。いきものがかりの仕事に、カギを取りに行くという仕事が一つ増えた。 シズちゃんは時々また悲しそうな目で数が少なくなったウサギ小屋を見ていことがある。 「あのトレーナーってどうしたの」 「母さんに捨てられた」 ちょっとむすっとした顔で、でもやっぱり悲しそうにシズちゃんは言った。まさか洗ってキレイにできたとは思えないので、捨てたことは仕方がないと思う。 トレーナーを着ているときに、弟といっしょに買ってもらったんだ、かっこいいだろ、そう言って喜んでいるシズちゃんをぼくは思い出した。 学校ではもうシズちゃんに関わろうとするのなんて、ぼくか新羅しかいない。シズちゃんはすぐに机を投げようとするからだれも近寄らないのだ。前なんか先生の机も投げていた。そうしてシズちゃんはいつも少しおこったような顔でいる。だからみんなよけいにこわがっていて遠くから変なものを見るようにシズちゃんを見ている。 いつもひとりぼっちのシズちゃん。 そんなシズちゃんとクラスの違うぼくが話すときなんて、いきものがかりの仕事くらいしかない。 「うさ子、うさ吉、うさ次郎、元気かー?」 シズちゃんがてきとうに付けた名前はけれどそのまま定着してぼくとシズちゃんとの間だけの呼び名になっていた。週に一度の係の日にだけ呼ばれる名前を、たぶんウサギ達は分かってなどいないだろうけれど、ぼくはその名前をおぼえている。 「違うよシズちゃん、そいつはうさ五郎だよ。この前死んだのがうさ次郎」 「あー……、そうだったっけ」 ぼくがエサと水をあげている間、シズちゃんはウサギが外へ逃げ出さないように気を付けている係だ。人間がいればこわがってウサギは近寄らないから、シズちゃんは小屋の入り口に立っているだけでいい。ぼくはその間、けものくさい小屋の奥にあるいれものに水とエサを置きに行く。 いきものがかりはあんまり人気がない。動物はくさいしエサをあげたりするのがめんどうだからだ。そんなにウサギとふれあいたいなら、小屋の外からながめているだけで十分だと思う。 だからこそぼくはいきものがかりを選んだ。 ウサギが死んでしまってから、シズちゃんはあまりウサギに触ろうとしなくなった。前まではふわふわだとかって喜んでだいていたくせに。やりたいってシズちゃんから言い出したエサやりを、ぼくと代わってほしいなんてたのむほど。 きっところされたのが、シズちゃんが一番好きだったうさ次郎だからなのかもしれない。 「シズちゃん、エサやり終わったよ」 「ん、」 シズちゃんはそっぽをむいてぼんやりしている。茶色がかったかみの毛が風でふわふわゆれていた。ウサギみたい。さみしそうで悲しそうでとてもキレイだなあとぼくは思った。 シズちゃんのためならどんなことでもできそうな気がするのはこんなときだ。さみしそうにしているときのシズちゃんがぼくは一番好き。だから、さみしくするためにはなんだってできるよ。 ひとりぼっちでばかなシズちゃん。 もっとひとりっきりになって、そうしてぼくだけしかいなくなればいいのに。 小説top |