スピリタス 4



蒸し暑さと頭痛で俺は目を覚ました。部屋の中は高く上る日の光で明るい。畳の上で眠ってしまったためだろう、起き上がるときに体のあちこちから間接の鳴る音がした。
仕事が休みでよかったと心から思う。まあそうでなかったら飲み会なんかには行かなかったが。

脱ぎ忘れたバーテン服が汗で肌に張り付いていて、ひどく気持ち悪い。とりあえず風呂に入ろう。いや、その前に煙草を吸いたい。そんな風に思ってしまうのは自分がニコチン中毒だからだろうな。
二日酔いに煙草は良くないと言っていた医者の友人を思い出したけれども吸いたいものは仕方がない。けれど、近くにあった鞄をいくら探っても見慣れたシガレットケースが出てこなかった。不審に思いつつもズボンやベストのポケットを探したけれども見当たらない。

昨日は確か、新羅の家で宅飲みをするっていう話でそこのベランダで吸ったのが最後だったはずだと記憶を探る。そこで疑問が湧き上がる。昨日あれから自分はどうやってこの家まで帰ってきたんだ。飲んでいる途中からまったく記憶がなかった。まあたぶんセルティあたりが運んでくれたのだろう。
その礼を言うのも含めて、新羅の家に電話をかける。もう十分昼間と言っても通用する時刻なので誰かいるはずだろう。5コール目で目的の相手が出た。

「もしもし」

「新羅か?」

「もしもしも言わないなんて、礼儀に反していると思わないかい、静雄」

「いまさらお前に向ける礼儀なんてねえだろ」

「それもそうだ」

相変わらずの言葉に苦笑が漏れる。長年の友人同士である気の置けない会話をつづけた後、俺は本題を聞いた。

「昨日、お前の家にシガレットケースを忘れなかったか? 黒いレザーの」

「ああ、あるよ。取りに来るかい?」

なかなか気に入っていたものだったので、そこにあると聞いてほっとする。

「午後にでも行く」

「了解。待ってるよ」

そこで自分は先ほど言おうと思っていたことを思い出した。

「そういや、昨日、セルティが俺を家に運んでくれたのか。悪いな」

「いや、君を家に連れて行ったのは臨也だよ。セルティは門田君を送ってくれたんだ」

「…………は?」

あまりのことに耳を疑った。
誰が、誰を、連れて行ったって?

「距離的にもそうなるよね。門田君の実家ってここからちょっと遠いしね。本当は門田君には一人で帰って欲しかったんだけど。だってそんな遅い時間にセルティを外に出すなんてできないよね! まあ心優しいセルティが送っていくって言ったからなんだけれど。
 静雄も臨也も送っていこうとしていたけれどそれは僕がなんとか君たちだけで帰ってもらうことにしたんだ。
 まあ、臨也も酔っているみたいだったからそんな喧嘩なんて起こすとは思ってなかったけど、いやあ、静雄が生きているようで何よりだよ」

そう言って新羅は電話口の向こうではははと快活に笑う。ミシリ、と携帯の軋む音が耳元で聞こえた。

「新羅、てめぇ、殴る」

「え、ちょ、ちょっと待ってよ、静雄! これは最適反応を選択したからであって、別にそこに僕の他意はないよ! いや、セルティに対する溢れる愛情があるけれど! だいたいこうして僕のところに平和に電話できているのだからいいじゃない!」

「……チッ」

確かに殴るべきは新羅ではなくてノミ蟲の方だと思い直す。

「ノミ蟲殴った後に殴りに行くから、待ってろ」

「私を殴ることは決定事項なのかい!」

それから何かごちゃごちゃ言っていたけれども、とりあえず話したいこともないので切った。携帯の外装には小さくヒビが入ったがまだ使えそうでひとまず安心する。

いや、そんなことより。

信じられないことを聞いてしまったという驚きがあった。あの自分を毛嫌いするノミ蟲が自分をここの家まで運んだだって、そんなこと今までの関係を踏まえれば在り得るはずがない。酔っぱらった姿を見られたという事なのか。その前に自分の殺すいい機会だとナイフで傷つけでもしそうなはずなのに。

いや、待て待て待て。そもそも本当にノミ蟲が自分をこの家に運ぶことなんて本当にあったのか。新羅はあのクソノミ蟲よりは信用できるやつではあって、そうしてこんなつまらねえ冗談を言うようなやつでもないと思っているけれど、万が一嘘だという可能性もあるはずだ。というかそうであってほしい。





 








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