この夜が死ぬまで



カーテンの隙間から窺った窓の外にはひらひらとした薄い雪片が降っていた。まだ積もるほどではないのか、それらは路上を黒く濡らしている。岐路を急ぐ人々が、傘を差しながら、あるいは突然の雪に鞄を傘代わりにして急ぎ足で駅の方へ向かっていた。今はまだ、帰れないほどの雪ではないのだろう。

「天気、どうだ?」

静雄が尋ねた。臨也は静雄を横目でちらりとみて、そうして再び窓の外へと目を落とす。静雄は、ソファに座っていた。黒い革張りのソファだ。それには静雄が引っ掻いてつけた傷が二条あることを、臨也は知っている。

「外は、」

そこで、臨也は自分が喉の乾いていることに気が付いた。
窓から離れてテーブルの上に残っていたコーヒーを一気に呷る。冷えたコーヒーは苦く舌に絡みつく。

二人が共に自宅に居ることが非日常でなくなったことは、臨也にとって喜ぶべきなのか悲しむべきなのか、分からなくなるのがこんな時だった。雪が酷くなる前に静雄を家に帰すべきだと理性が囁く。正論だ。臨也はそれまでにたいていの場面で、その理性に従ってきた。それが臨也にとって正しい道であり、ここまで来られたのはそのためだと思っている。余分な感情や私情を挟むのは目的を達成してからでも遅くはないというのが持論だったはずだ。それなのに、静雄のこととなると理性ではなくもっと別のものに従ってしまいたくなる……。

「雪が酷いね、もう帰れそうもないよ」

空になったコーヒーの底を見ながら臨也は言った。掌の中のマグの底にはコーヒーが何かを訴えるようにこびりつき、複雑な模様を残していたが、臨也にはそれを読み取る方法を持ち得ていなかった。

「そうか……」

静雄の声の調子は、平生となんら変わりがない。その中に含まれる感情を読み取らせない。もしくは自分が読み取れなくなってしまったのかもしれなかった。

「泊まっていきなよ。シズちゃん、傘、持ってきていなかっただろう、」

自分が少し早口になっていることに気が付いて、口を閉じる。けれど、じっとしていられなくて臨也は静雄のマグも手に取ると背を向けて台所へ歩いていった。「ありがとう」そんな声が背中にかけられて、マグを持ったままで右手をひらひらと振り返す。ごく自然に彼からの感謝の言葉を受け取ることも、もう日常に化していた。

「じゃあ泊まってく。雪が酷いなら、仕方ねぇな」

悪い、という声がまた、背中の方から聞こえた。シンクの中にマグを水に漬けるように置く。冬の水は氷のようで、簡単に臨也の手を荒らした。
静雄が動いた気配はない。窓から外を確認することもなく、こちらに無防備に背中を向けたままでいる。臨也の言葉を信じたのか、それとも上手に騙されてくれたのか。やはり、それを読み取ることは難しいが、けれど少しくらいは自惚れさせてほしいと、臨也は見えないところで小さく微笑んだ。

窓の外側では、音もなく雪が降り続けているのだろう。そうして、きっと、そう遠からぬうちに街を白色で埋めつくしてしまうのだろう。
雪がこのままずっと降り続きますようにと、そんな、在り得もしないことを胸の奥でそっと願う。





title by joy








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