スピリタス 1



耳元で鳴る心臓の音が酷く煩かった。酔っているだけだ。酔っているだけ。だからこんなに、心臓が早鐘を打つに違いないのだ。その証拠に頬もほてって、耳も熱いのを自分は感じているではないか。そう自分に言い聞かせながら俺は一歩を踏み出す。

「う、うう……」

背中の男がうめき声をあげた。熱い息が首筋にかかる。自分より身長の高い男をどうして背負わなければならないのか、という純粋な疑問は酒で全部流れてしまった後だった。
まったく重たくて仕方がなく、そしてそこらへんに捨ててしまっても構わないのだけれども、しかし俺は背負いながら、シズちゃんの家に向かっている。なんて馬鹿げているのだろう。そんな自嘲じみた笑みさえ浮かんでくるほど今の自分は滑稽だった。俺とこの男は殺し合いをする仲ではなかったのかと誰かに聞きたい気分だ。

深夜三時を回った池袋は、それでも微かにネオンの光があり、そうして、密やかなざわめきが遠くから聞こえた。けれど今はそれらから離れつつあり、暗い夜道が広がる目前には沈黙と静寂しかないような気さえした。

シズちゃんはひどく酒臭かった。

いや、自分も同じくらい酒臭いだろう。ただ彼ほど飲まなかっただけのことだ。それこそ浴びるように彼は飲んだ。嫌なことを全部流してしまおうとするような飲み方で、誰の制止も――新羅や門田だけでなく、セルティの言葉でさえ――聞かなかった。俺が部屋に入ったときはもうできあがっていたのだ。そうして、シズちゃんは誰が入ってきたのか全く気づいた素振りを見せなかった。うまいうまいとグラスを呷る静雄の姿は楽しげに見えてやはり自暴自棄だったのだろう。

そんな彼を、しかし俺は嘲笑うのでもなく攻め立てるでもなく、ただ、ひどく客観的に見ていただけだった。
最近はそんなことばかりで、妙に調子が出ない。いつもだったら、そう、いつもだったら、あの場で彼を愚弄し、自棄になって酔ったシズちゃんをより汚い言葉で笑ってやっているというのに。いつもだったら。

しかしその“いつも”でさえ思い出せないのが今日だった。以前までの自分にはまったく考えられなかったことだ。そもそも、以前というのがいつのことなのかさえ記憶力に優れた自分が具体的に思い起こさせないのだから、たぶんその変化ははっきりとしていない。酒が熟していくように、内面で何かがゆっくりとその形を変えたのだ。そうして、その異変というのは自分にとって良くないものだという事は理解していた。

シズちゃんは相変わらずくぐもった唸り声のほかは、全身を自分に預けたままだった。そうして、革靴を地面に擦らせたままで引きずられている。酔って意識が混濁しているから、今自分がどんな様子なのか彼は分かっていないのだろう。

こんな痴態を仇敵に晒していることを、彼が起きて気づいたらさも面白いことになるに違いない。
そう思う自分もいたが、しかしそれはある種の鋳型に惰性的に沿った考え方であって、今の自分の考えではないような気さえした。結果的に、今も俺は彼の姿をカメラに撮ろうともしておらず、ただ、友人に頼まれたとおりに家に運ぼうとしているのみなのだ。

まるで子供のように、自分に頼り切った喧嘩人形の姿に呆れこそすれ、この機会を利用しようという思考が生まれないことにやはり明確な変化を見せつけられているようで酷く居心地が悪かった。この荷物をさっさと届けて何もかも忘れてしまいたいとさえ願う。

「馬鹿げてるよ、本当に、……」

つぶやいたところで後ろにいるシズちゃんはまったく聞いていないのだ。

体を鍛えているといっても、身長だけが高い男を運ぶのは面倒臭いことこの上ない。しかしこんな薄っぺらい体でよくもまあ、電柱だのポストだのを引っこ抜き投げられるものだと、触れるたびに感心するものだったが、今はそこに別の色を見つけてしまいそうな自分が怖かった。














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