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「これでもうてめえは逃げられねえぜ」 ゴギバキと彼の指を鳴らす音がした。俺を走って追いかけずにいるということは袋小路に追い詰めたことを悟って余裕を持ったらしい。シズちゃんらしくない。そんな余裕なんていらないんだよ、いつだって全力で俺を追いかけてくればいいのに。対峙する俺はそんなことを思って笑う。 「確かに、ビルの屋上なんて逃げられないよねえ」 いかにも楽しげな声に、シズちゃんは眉をひそめた。 「てめえ、何企んでやがる」 「普通の人なら、逃げられないっていうことだよッ!」 言い切らないうちにビルの端へと俺は走りだした。計算通り、このビルには手すりも何もない今時珍しい建物だ。それも全部織り込み済み。そのまま端から勢いよく飛び出せば、数秒の浮遊感の後で辛うじて隣のビルにつま先が付く感触。そのまま体重を前にかけて軽やかに着地する。 「この野郎、またちょこまか逃げやがって……!」 月を背景にして、彼が元のビルに立ってこちらを見下ろした。 「そんなに殴りたかったらここまで降りておいでよ、シズちゃん」 小説top |