Friends |
※高校生 早朝の教室には、まだ静雄しかいなかった。あたりには閑散とした静けさが漂っている。 音量を目いっぱい下げて、ささやきとなった音楽を聴きながらうす暗い教室をそっと見渡した。誰もいない教室は、なにかが足りないように机といすが散らばっている。まだ若い日の光はちょうど影になってしまっていて初夏だというのに室内は涼しかった。 普段ならば朝の登校時に絡んでくる(わざわざ早起きまでして人を殴りたいとはなんて律儀なのだろうかと静雄は思っている)チンピラ崩れ、もしくはいきがっている若者集団がいるはずなのだが、珍しいことに今日はだれも絡んでは来なかった。 黙らせる時間を考えていつも早めに家を出ているために、あまりにも早く学校についてしまったのだ。 拍子抜けしないことでもなかったが、こんな貴重な朝の時間は素直に喜ばしい。 静かなことが好きだった。 名前の通りに、平和に静かに生きていきたいのだと新羅に言ったら、おじいさんみたいだと笑われてしまったけれど。そして、自分でも似合わないのだとは知っている。 自然、選ぶ音楽も落ち着いたものになっていく。 今はやりのポップスはどうしてもガシャガシャしている気がして苦手だ。そうしてどんどんマイナなものばかりを聞くようになる。そんな音楽の話を数少ない友人や弟に話したところで、まるでちぐはぐになってしまう。 だから、静かに音に溺れていくことが、自己流の楽しみ方だった。 席に座ったまま、ぼんやりと窓の外を眺める。 朝早くであっても、グラウンドには運動部の姿があった。日の光に明るく照らされている。 熱心だ、とひとりごちた。中学生の時にはもう、そのような部活に入って活動する自分をあきらめてしまっていて、そんな風に走ったりボールを投げたりする同級生達の姿はまるで遠くだった。 流れている音楽がサビの部分に差し掛かる。乗りの良いバンドに合わせて名前も知らない外国人が歌っている。その曲の意味など静雄は知らない。けれど声まで音になっているようなその歌は好きだった。 イヤホンを付けて目をつむれば、後は何も聞こえなくなって何も見なくて済むので、ただ一人になってしまったように思い込むことができる。 それが好きだ。今は本当に周りにはだれもいなくて、一人なのだけれど。 どうせ誰もいないのだと、小さく歌う。 歌詞など聞き取れないのでメロディだけを口ずさんでいると、背後で扉が開く音がした。いつも聞くような粗暴な音ではなく慎ましげに穏やかに戸を引いた音。 振り返れば、見慣れた同級生が一人。確か門田という名前だったはず。まだ早い教室に来たということは部活のためなのだろうか。 無防備な視線が真正面からぶつかった。 「あー……、」 気まずさに視線を離せばそれは自然に手元に落ちてくる。聞かれたのだろうか。いや、聞かれたところでもうどうでもいいけど。 「はよ、平和島」音の向こう側から声が聞こえた。 「お、はよう」 自分の歌を、まるでなんでもないかのようにして門田は挨拶をするので、思わず返事を返してしまう。あまり話したことのない同級生の声は実に自然だった。 それで終わりかと思っていたら、こちらに近づいてくる。驚く。こんな無遠慮にそうしてまるで、なんでもないかのように静雄に近づいてくる人間というのは極少数だ。 「あのさ、さっき聞いてたのって、あれだろ――――……」 言葉の終わりにつぶやかれたその名前は確かに静雄が聞いている曲名だった。 「え、」間抜けた声が出る。 「いや、俺も好きだよっていう話。結構古いけど、聞いてるやつがいるなんて思わなかったから、その、少し嬉しくて」 照れたのか門田は無表情のままに頬を掻いた。 静雄は目を丸くした。咄嗟には何を言われたのかよくわからなかった。けれど、じわじわとしみこんでくる。確かに門田がこの曲が好きだと言ったこと。 「え、あ、……ありがとう。俺も、この曲好きだ」 なぜ自分も照れているのだろうかと思うけれど、確かに、その名前だけのクラスメイトが実体をもって目の前にいるということが伝わってくる。 ぎこちなく笑みを浮かべたら、相手もそれを返してきて。 こいつと友人になれるんじゃないか、という淡い予感が胸をよぎった、朝の教室のこと。 小説top |