部員全員分のドリンク作りを終え、わたしは第二体育館へと向かっていた。数段の階段を登るたび、ケースに行儀よく並べられたドリンクボトルがガラガラと音をたて揺れ合う。目の前にどんと構える第二体育館のドアを前に、一度深く深呼吸をした。少し錆び付いたこのドアを開けるのは、いつも緊張する。
一度ドリンクケースを持ち直してから重いドアを開ければ、視線に飛び込む練習風景。シューズが体育館の床を擦る独特の音に、目は自然とコート内で動き回る選手たちを追う。お互いに掛け合われる力強い声、良いプレーをしたときに浮かぶ嬉しそうな表情、ボールを追う真剣な姿勢。いわゆる青春がいっぱいに詰まったその光景はとても魅力的で。いいなあ、男の子って。そんな気持ちが浮かんでしまうほど、わたしには彼らがきらきらと輝いて見える。
そのなかでもひとり、最もわたしの目を惹く人がいた。やわらかいアッシュブロンドの髪を揺らすそのひとは、レシーブを苦手とする1年生たちとは裏腹に一足先にノルマを終えたらしい。額から落ちた汗を手の甲で拭う姿に、どきりと胸が鳴る。

「休憩!」

体育館の隅々にまで響く大地先輩の合図に、ふっと意識を目の前のドリンクたちに戻した。いけないいけない、あの人を見るとどうしてもぼうっとしてしまう。ぞくぞくと集まる部員たちに、先ほどまでの気持ちを切り替え明るく声を掛ける。

「お疲れさまです!タオルとドリンク、順番通りに取ってってください!」

あざーす!我がバレー部の元気印である田中くんを筆頭としたみんなの大きな返事に、どういたしまして、と小さく呟く。我先にと次々無くなっていくドリンクボトルを見るのは、作り甲斐がありとても嬉しい。各々が休憩に入るなか、田中くんはキョロキョロと辺りを見渡したのち、わたしへと疑問の顔を向けた。

「あれッ、潔子サン今日休みなんだっけ?」
「うん、虫歯が痛いらしくて歯医者さんに行くって」

そんな隙のあるところもイイ!鼻息荒く叫ばれた少しズレた彼なりの萌えポイントに引きつつ、若干冷ややかな視線を送る。ここに潔子先輩が居たのなら、鮮やかな平手を田中くんに繰り出すだろう。

「田中は元気だなあ」
「そうですねえ、喧しいくらいです」

ドリンクを片手に持つ大地先輩のしみじみとした言葉に、冗談半分本音半分の反応を返した。相変わらず奇声を上げ悶える田中くんと比べ、たった一歳の違いなのにこの落ち着きの差は何だと不思議に思う。一通りドリンクやタオルが行き渡ったようなので、ガヤガヤと盛り上がる選手たちの輪を抜け邪魔にならないように体育館のはじっこに座り込みボール磨きを始める。
烏野バレー部にマネージャーとして入部をしてからもう1年が経とうとしているが、この仕事にはどうしても力が入ってしまう。もちろん役に立ちたいという気持ちもあるけれど、ボールを磨くことでまるで自分も彼らと一緒に練習をしている気分になれるからだった。「あ」そんなことを考えているうちに力を込めすぎたのか、手元に収まっていたボールはつるりと抜け出し転がっていく。

「手伝うよ」

ころころと転がっていくボールを片手で拾い上げ、声を掛けてくれたのは菅原先輩だった。「有り難うございます」お礼を述べると気にするなと言うように、手をひらひらと振る。

「でも、休憩中はちゃんと休まなきゃダメですよ」
「いーの。ドリンクも飲んだし、大丈夫」

菅原先輩は「ドリンクありがとなー」と言いながらわたしの向かいに腰を下ろし、予備のクロスを手に取った。部活中の休憩時間は1回当たり大体10分ほど。熱の入った練習後なのだから、短い時間でも選手の人にはゆっくり休んでもらいたい。「でも、ボール残り少ないですし、」と渋っていると、

「俺がやりたいだけなんだからさ、お願い」

そう言い、歯を見せて笑った。菅原先輩の笑顔が人の心を動かすの力を持っていることは、バレー部員全員が周知しているだろう。その笑顔でそんなふうに言われてしまえば、断るなんてできない。そしてきっと、わたしが「お願い」に弱いことを知っているのだから、ずるい。

「…じゃあ、お願いします」

渋々と返事をしたわたしに、菅原先輩は満足そうに頷いた。せっかく手伝ってもらうというのに、可愛げのない返事しか出来ないのは許して頂きたい。原因も理由も解らないけれど、こんなふうに菅原先輩と関わると田中くんや大地先輩に後々絡まれるのだ。そんなわたしの思いも知らず、胡座に座り直した菅原先輩は上機嫌でボール磨きを始めた。
ふたりでボールを磨くわたしたちの間に、会話は特にない。ただクロスがボールを滑る掠れた音がするばかり。けれど不思議と気まずさなんて微塵も感じないのだ。菅原先輩からは何か穏やかなオーラが出ていそうだなあ、なんて思えるほどに。
自然と作業は捗り、ボールはハイペースで無くなっていく。無意識に最後のボールへ手を伸ばしたとき、指先が、つんと触れあった。

「すっ、すいません!」
「いやっ、俺こそごめん!」

こんな反射神経があったのか、自分でもびっくりするほどの反応で手を引っ込めた。たった一瞬、菅原先輩の指先に触れてしまっただけなのに、驚きと恥ずかしさで顔が熱くなっているのが分かる。ああもう、なんでこんなにも落ち着かないのだろう。ちらりと菅原先輩を見ると、既に最後のボールを磨いていた。けれど伏し目がちな瞳は揺れ、頬はほんのり赤らんでいる。その様子にわたしはただ、触れた指先と胸の奥が熱を帯びるばかりだった。








「青春、してるなあ」
「そっスね…」

体育館隅にて初々しいやりとりをする二人の姿を眺めながら、隣で呆れ気味に返事をした田中と苦笑を溢す。ただ単に自分の気持ちに気づいていないのか、部内恋愛ということに抵抗が有るのか。こんな様子を見守り続けて、もう随分と月日が過ぎた。例え恋人関係になろうとも、烏野バレー部を大切にしている二人なのだから、部にとって悪い影響は出ないだろうに。お互いの気持ちを知っている身として、足踏みを続ける状態はこの上なくもどかしい。ボールを磨き終えた二人は未だに顔を赤くしたままぎこちない笑顔を向けあっている。…しょうがない、部活後に相談乗ってやるか。そう考えながら、オレは休憩終了の声を上げた。



うつぶせのゆめをみる/20130520

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