太陽が高く上がったお昼時、女官長から休憩を頂いたわたしは中庭の大きな桃の木の元に座り込んでいた。誰かに見られればはしたない、とでも言われかねないが、ここは人通りが少ないうえ、今はそれどころではない。さんさんと降り注ぐ陽光とは裏腹に、わたしの心は陰っていた。こんなに心が晴れないのも、瞼がいつもより少しだけ重くて赤いのも、あのひとのせい。数日前の出来事をこうも引き摺る自分に嫌気が差し、またひとつ気分を落とす。しかしいつまでもこうしている訳にはいかない。何事もまず心を落ち着かせよ、という尤もな教えに従うべく、暖かな日差しのなか目を閉じた。そんなときふと耳に入ったのは、がさがさと葉の擦れる不自然な音。風が強いわけでもないのになぜだろう、不思議に思い寄りかかっていた桃の木を見上げると同時に、沈んだ気分がさらに滅入るのがわかった。

「よう、随分ひでえ顔してんな」
「…ジュダル様、いらしたのですか」

ああ、なんて重要なことを忘れていたのだろう。ここはジュダル様がたびたび現れる場所ではないか。以前も何度か鉢合わせになったことがあるというのに、そんなことはすっかり頭から抜け落ちていた。脳内が小さく混乱を起こすなか、ジュダル様はわたしの顔を指差し悪びれもせずけらけらと笑っている。こんなことになった原因をジュダル様に知られてしまえば、何かしら嫌味を言われるに違いない。わたしはこの場を早く切り抜けるべく、お休みの所失礼致しました、と、口早に告げ昼食の包みに手を伸ばした。

「とうとうあのバカ男にフラれたのか?」

わたしの目元に気づいたのか、はたまた勘が良いのか。ちょうど今わたしの頭を埋め尽くしていた人物を挙げられ、無意識に眉が寄る。この態度に確信を持ったのか、ジュダル様は頬杖をつきニタニタと憎らしい笑みを深め、見上げるわたしをバカにするように「ドンマーイ」と楽しげな声を上げた。その様子にもちろん苛立ちを覚えるが、わたしは練家に仕えるしがない一女官である。そんな下っ端が神官様におおっぴらに文句を垂れるわけにもいかないので、ため息を吐くのみに留めた。ああ、この人の相手は骨が折れる。こんなふうにジュダル様がちょっかいを掛けるのは、わたしが面白いからだそうで、お偉いマギ様の感覚は理解出来ないと常々思う。こんな面白みも可愛げもない小娘をいびって、なにを得するのだろうか。そんな思いから先ほどよりも深いため息をついているあいだに、ジュダル様はふわりと桃の木から降りてきた。軽い足取りで木の下に座るわたしの隣にさも当前のように腰を下ろし、俯くわたしの顔を覗き込む。これまでの経験からこうなってしまったジュダル様は引かないと知っているので、隠し通すことは諦め、自棄気味にこれまでの事情を話した。

「違います、フったんですよ」
「ハア?お前が?」
「浮気、されてたんです」

わたしの答えになおさら興味を惹かれたのか、うわき、と1度繰り返した後、ジュダル様は緋い眼光を小さく細めた。

わたしより3つ年上の彼とは、女官と武官というただの仕事仲間の関係だった。時折交わすわずかな会話から、なんとなく交際に発展したのである。それでもそこには確かに気持ちがあったし、先日は仲良く半年記念日を迎えたばかり。ずっと一緒に居ようなんて甘い言葉を交わしたというのに、こうもあっさり裏切られてしまうなんて。わたしに魅力がないだとか、新しい相手の女性が美人だとか。どんな理由があろうとも、彼はわたしを選ばなかった。ただ、それだけ。それだけなのに、その事実は重く胸に巣くう。

「…運命のひとなんて、いるわけないんですねぇ」
「女ってのはほんと、運命の愛とか好きだな。くだらねー」
「ほっといてください」

珍しく乙女な思考を話してみたというのに、下らないと片付けられてしまった。ジュダル様に励ましの言葉を求めるつもりはさらさら無かったのだけれど、こうもばっさりとは。分かってはいても、これでも一応傷心中なのだ。多少なりとも傷付いたわたしはふいとそっぽを向き、中庭に咲く色とりどりの花花を眺めた。

「知ってるか?古い恋の傷は新しい恋でしか治らないんだとよ」
「…なに言ってんだか」

わたしよりふたつも年下なくせに、恋愛を説くなんて。得意げに口角を上げるジュダル様を半ば睨むように見れば、いるだろ、目の前に。というこれまた謎の言葉を口にした。古い恋の傷、新しい恋、目の前にいる。ぱちぱちとまばたきを繰り返すがどうもしっくり当てはまらないのは、わたしに理解力がないせいではないと思いたい。だって、今ここにいるのはわたしとジュダル様だけなのだから。

「オレに恋しろよ」

呆けるわたしにそう言って、ジュダル様は自信満々に己を指しながらニヤリとした顔(どや顔とも受け取れる)をかました。なにいってんのコイツ。思わず口から出そうになった言葉を飲み込むが、何と反応すれば良いのだろうとうだうだ考えを深めていくほど、思考は儘ならない。そのうちこれは彼なりの励ましなんだろうという考えに落ち着き、わたしはハハと渇いた笑みのみを返した。それを馬鹿にされたと捉えたのだろうジュダル様はてめえふざけんなと掴みかかってきたので、謝罪の言葉を半ば叫ぶように繰り返しながらその場から逃げ去った。わたしは悪くない、いきなりあんなことを言うほうがおかしいんだから。
それでもきっと、失恋真っ最中のひとに自分に恋しろなんて言えるのはジュダル様だけだろう。少し、ほんの少し胸が高鳴ったことには、知らないふりをした。



人類というのは寂しいものではない。楽天的なものだ。生命は進化するのだから。




小鳥と春のワルツ/20130314

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