「今日これから予定はあるか?」

午前の授業を終えばらばらとクラスメイトが散り行くなか、わたしの目の前に現れたのは隣のクラスに在籍する征十郎であった。この教室に彼が現れることは珍しくない、けれど、佇むだけで教室一帯をぴしりと緊張感でいっぱいにしてしまう。相変わらず息を飲む同級生たちに心中で謝罪を述べながら、質問への正しい返答を模索する。…そういえば今日の放課後はあれがあったっけ。筆記具やファイルを通学鞄に詰め込む手を止め、征十郎へ言葉を返した。

「これから?」
「ああ、暇だろう?」
「…べつに、何もないですけど」

今日は12月20日、わたしの彼氏である征十郎の誕生日だ。予定なんて、入れるわけない。この人はそれを分かって言っているんだろうか。疑問符は付いているけれど、わたしが暇なのがほぼ確定といった口調。確かに正解だけれどなにか癪なのでじとりと険しい視線を送ったが、まあ彼がそんなことを気にしないことは分かっている。今だって腕を組みながら、うっすらと笑みを浮かべているのだから。あ、これは何か(突飛なことを)考えている。そう感じとったときにはもう、征十郎は口を開いていた。

「そうか。それじゃあこれから家に来てくれ」

ああ、どうしよう。不安がちくりと胸を射した。






あの会話を交わした数分後、急かす征十郎に連れられひとり暮らしの彼のご自宅へとお邪魔した。それからは征十郎の細かいこだわりに注意を払いながら夕食を作り、向かい合ってほかほかのごはんを囲んだ。交わされるとりとめのない会話からは、今日が征十郎の誕生日であるとは全く感じとれない。この様子だと、きっと彼はわたしの口から言わせたいのだろう。恥ずかしがりなのか確信犯なのか。

「…征十郎、今日誕生日だよね」
「ああ、そういえばそうだったな」

これ以上征十郎を待たせるのもあとあと恐いので話を振れば、たった今思い出したような返答に表情。でもね、嬉しそうな顔、隠せてないよ。珍しい征十郎の表情にくすりと笑みが浮かんだけれど、すぐさまその笑みは引っ込んでいった。ずっと悩んでいた、言わなきゃいけないことがある。

「あのね、プレゼント、準備できてないの」

征十郎が何欲しいかわからなくて、でも言い出せなくて。ごめんなさい。ぽつりとこぼれた情けない声に、嫌気が射した。こんな出来の悪い自分が恥ずかしい。きっと今、今まででいちばん可愛くない顔をしているんだろう。


「そうだな、強いて言うならば、今日はずっと側に居てくれないか」

そんなセリフをさらりと言って、ゆったりとわたしの髪を透いた。その手つきは穏やかで心地良くて、あたたかい。ああそうだ。わたしは、征十郎がやさしいひとだって、知っている。

「君が僕のことを想って選ぶ品なんだろう?それならどんなものだって嬉しいさ」

わたしの不安をじわじわと消していくように、征十郎の言葉が染みていく。ちらりと征十郎を覗けば、緋色の瞳と視線が交わった。

「今日という日を幸せに思うよ」

ふわりと浮かべられた笑顔に、なんだかじわりと涙腺が緩む。征十郎はずるい。いつもはそんな甘いことを言わないくせに。こうやって優しく重ねられるくちびるだって。ほんとうに、ずるい。それでも、征十郎の特別な日を迎えた今、溢れる想いを伝えたい。

「お誕生日おめでとう、征十郎。」

生まれてきてくれて、わたしと出会ってくれて、ありがとう。



シャングリラに唇寄せて/20121220
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