誕生日は誰にとっても特別になるであろう、大切な日。そんな大切な時間を彼女と過ごすことができる。それだけでもちろん、オレは幸せものだと充分に感じる。けれど、ふとしたことでもっともっとと、幸せを求めてしまう。それもまたきっと、特別な時間がもたらすものなのだろうか。



「辰也先輩、お誕生日、おめでとうございます」

かちかちした表情を浮かべた彼女のぎこちない言葉。心の中で小さく笑みをこぼしながら、ありがとうという返事とともに額へキスを落とす。途端、恥じらうように顔を赤くする姿が、どうしても可愛らしくて。

「それで、プレゼントなんですけど、あの、」

だんだんと小さくなる語尾と同じく、彼女の視線はするすると落ちていく。ほらまた、下を向いてしまった。彼女は何か不安なことがあると、すぐに下を向いてしまう。何度か指摘をしてみたものの、くせというのはなかなか抜けないらしい。けれどその恥ずかしがりなところも、彼女の魅力のひとつだと思う。オレの師匠であるあの人に、彼女の奥ゆかしさを多少は見習ってほしいものだ。そんなことを考えながら彼女を見つめていると、ついに思い切ったのか、ぱっと顔を上げ口を開く。それはとても、彼女の言葉とは思いも寄らないものだった。

「何でも好きなもの、お願いしてください!」







わたしの言葉を聞いた数秒間、辰也先輩は切れ長の目をまるくしてしまった。普段こんな表情をなかなか見せない先輩に、何か変なことを言ってしまっただろうかと口を噤む。だんまりとした数秒間が流れ、それからゆっくりと、辰也先輩は口を開いた。

「…それは随分、斬新なプレゼントだね」
「悩んでいたら、直接聞くのがいちばんだって敦くんが教えてくれたんです」

へぇ、アツシが…。納得したように言う先輩の表情は、喜ばしいというには少し難しい、どこか堅いもので。嫌な思いをさせてしまったのだろうか。そう考えた途端、ぶわりと暗い色がわたしを支配する。不安から握ったてのひらは、ひんやりと冷たい。

「わたし、先輩みたいにおしゃれでもセンスがあるわけでもないので、どんなものなら喜んでくださるかわからなくて…」

ああまただ、わたしは下を向いてしまっている。自信の持てないわたしの、悪いくせ。人と話をするのが苦手で、どうしても相手を直視できなくなってしまう。それが、大切な人となればなおさら。辰也先輩の特別な、大切な日である今日だって、まともに顔を会わせることすら儘ならない。今すぐにでも笑顔を向けて、募る想いを伝えたいのに。

「じゃあまず、そんなに俯かないでオレを見て。それから、そんな否定的な言葉は使っちゃダメだ」

優しくて甘い、辰也先輩の声。それはまるで魔法のように、わたしを動かしてしまう。しなやかな指が、なめらかな三日月を描いたくちびるに添えられる。その仕草は、見惚れる、なんて夢心地な言葉にぴったりで。熱に浮かされてしまったように、弱々しく頷くことしか出来なかった。

「いいこだね」

小さいこどもに言い聞かせるような、穏やかな手つきでわたしの頭を数回撫ぜる。わたしのてっぺんにあったはずの先輩の手は、今では後頭部に場所を変え、わたしを捕まえて離さない。

「たつや、せんぱい」

瞬間、流れるような動きでわたしとの距離をぐんと縮め、気がつけば先輩は目の前へと迫っていた。間近で瞬く黒く濡れた瞳に視線を絡めとられてしまえば、思考はぼんやりと霞み体は熱くなるばかり。

「それじゃあ、お願いをきいてもらおうかな」

双眸がゆるりと細まる。それは辰也先輩がときどき見せる、意地悪な顔。加えてがらりと変わった低くかすれた声に、自分の肩が揺れたことがわかる。それなのに耳にかかる吐息はひどく甘いのだから、敵わない。

「君のぜんぶを、オレにちょうだい」





Thanks クライン・ブルー

happy birthday T.Himuro

人差し指の秘め事/20121030

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