時刻は夕方。太陽は沈みかけ薄暗く、あたりにはローファーの擦れる音のみが流れている。わたしと黒子くんはとなりどうしに並び、帰り道を歩いていた。そんなわたしたちの間に、会話はない。やっぱり、さっきのことを怒っているんだろうか。いつもに増してだんまりな黒子くんに、わたしは不安を積もらせるばかりだった。






今日はテスト期間であった。勉強に関してはそれなりに厳しい誠凛高校には、定期テストが近づくと全部活活動禁止という決まりがある。そのためバスケ部も例外ではなく、練習は休みとなっている。わたしとあまり頭のよろしくない火神くんは、ついさっきまで黒子くんに泣きつき図書室で勉強を教えてもらっていた。しかしそもそも勉強嫌いなわたしと、静かな環境が苦手な火神くんが集中できる訳もなく。

「犬晦日、って何なのコレ?」
「おおみそかだろ」
「大と犬を間違える高校生がいるなんて信じられない…」
「うっせ、漢字はニガテなんだよ。それにお前も大して頭良くねえだろ」
「勉強はできなくても、火神くんと違ってきちんと敬語使えるもん」
「何が使えるもんだ。ガキか」
「ガキって言った方がガキなんですー」
「ふたりとも、静かに。ちゃんと集中してください」

開始数分でぐちぐちと口喧嘩を繰り広げ、そのたび黒子くんが仲裁、のパターンを繰り返した。しかしわたしは火神くんが嫌いだとか苦手だとか、そういう訳ではない。むしろ、大事な男友達だと思っている。多少、言い合いは多いけれど。そんなやり取りもおそらく3度目となったとき、

「帰りましょう」

有無を言わせないような表情を張り付け、ただならぬ雰囲気を纏った黒子くんの一言により、わたしたちは早早に図書室を退出したのだった。わたしと火神くんは口を揃えて謝罪をしたけれど、気にしていませんと一蹴されてしまった。それからは誰ひとり口を開くことなく、大人しく帰路へついた。しかし校門に差し掛かった際、「オレ買い物して帰っから、じゃあな」と、火神くんは不自然な笑顔を浮かべながらわたしたちとは反対方向へ帰っていってしまった。周りからすれば、火神くんは彼氏彼女という関係である黒子くんとわたしに気を使ったと思うだろう。しかしこれは単純に、火神くんが逃げただけだとわたしは思う。ともかくも火神くんのおかげさまで、わたしと黒子くんはふたりきりとなったのだ。






火神くんと別れてから約数分。わたしの左隣を歩く黒子くんは、相変わらず口を閉ざしたままである。ちらりと横顔を覗いても、いつもの涼しげな顔のまま。あまり感情を顔に出さない黒子くんの心情を読み取ることはなかなかに困難だ。現状を打開するため自然な会話を切りだしたいけれど、話題が浮かばない。どうしようかと考えるたびに、気持ちは詰まっていくばかりで。わたしはうつむきがちな顔をあげることができなかった。

「…火神くんと一緒にいるのは、楽しいですか?」

ぽつんと、それでいてはっきりとしていた黒子くんの言葉は、わたしたちの休むことなく進んでいた歩みをぴたりと止めた。火神くんといると、楽しい?突然発せられた言葉に、わたしは黒子くんへ視線を向けた。

「、え?」
「図書室でのことです。火神くんとあなたが、とても楽しそうに話していたので」
「えっと、あれは楽しいっていうよりも、反射っていうか…」

坦坦とした口調のまま、黒子くんは話を進めた。その顔は、怒っているわけでも怖いわけでもない。なんだかとても、寂しそうだった。もちろんわたしは、黒子くんが好き。だからこうやって、毎日一緒に帰っている。確かに火神くんとはよく話したり喧嘩もするけど、大事な友達。それ以外の何でもない。この思いを、どう伝えれば良いのだろうか。ぐるぐる思考を巡らすけれど、ふさわしい答え方がまったく浮かばない。黒子くんのうすあおいまっすぐな瞳は、わたしをまっすぐに見つめていた。

「…嫉妬しました」

そう言って、黒子くんは交わっていた目を反らした。さらりと揺れる髪の隙間から覗く耳は、ほんのり色づいている。かあっと熱がのぼせたわたしの顔は、もっと真っ赤なのだろうか。
以前からわたしたちはお互いに恋愛ごとに関しては疎いようで、お前ら付き合ってたの?なんて周りの人に言われることはお馴染みだった。そのくらい、わたしも黒子くんもお互いへの愛情表現というものが乏しいらしい。それでも、今の黒子くんの言葉は、わたしを思って発したものそのもので。そう考えると、なんだか胸がきゅんとしてしまった。同時に、わたしは黒子くんを傷つけてしまったのだと、ぶわりと罪悪感が募る。

「あのね、火神くんは好きだけど、黒子くんの思ってるような好きとは全然違うんだよ」

焦ったように発せられた言葉はきっと分かりにくい説明だけれど、わたしにとってはこれがいちばんぴったりと当てはまる。それでも黒子くんは悲しげに俯くばかりで。影の射す表情からは、ひしひしと気持ちが伝わるようだった。黒子くんに、そんな顔をしてほしくなくて。

「えっと、…こういうこと、です」

わたしは黒子くんの右手をとった。おそるおそる指を絡めれば、わたしのものより大きく骨ばったそれが小さく揺れる。やっぱり、びっくりさせちゃったかなあ。普段手を繋ぐことだって少ないのに、まさか自分から手を繋ぐなんて。だけど、わたしには好きの違いを上手に言葉で表現できる語彙力はないから。それならば、と、彼の手を取った次第だけれど、じわじわ込み上がる恥ずかしさから顔を上げることはできない。ああもう、わたしはなんてことをしてしまったんだろう。そんな思いを抱えながら、黙りこむ。

「こっち、見てください」

穏やかに紡がれた言葉と共に優しく引き寄せられ、同時に黒子くんのしっかりした腕が背中に回る。驚いて顔を上げれば、視線がぶつかった。いつもより、どこか子供らしい雰囲気を感じさせる表情。数センチの身長差のおかげで、わたしたちの距離は近い。

「今は、ボクだけ見ててくださいね」

ついさっきまでの、ずぶ濡れの子犬のような姿はどこへやら。黒子くんはとろりとあまい言葉でわたしを揺さぶる。わたしが動揺したことに満足したのか、黒子くんの口角が緩やかに上がっていた。けれど、そんなところも愛しい、なんて。

「大丈夫、わたしには黒子くんしか見えないよ」
「それはよかったです」

優しく細められたふたつの目は、揺らぐことなくわたしを捕らえる。満足そうにそんなことを言う黒子くんに、思わず小さな笑みがこぼれた。いつだって、わたしのほとんどは黒子くんでいっぱいなのに。きゅうっとわたしを包んだまま腕の力を緩めない黒子くんの背に、わたしも静かに腕を伸ばした。


Thanks 黄昏

いちばんをきみにあげるね/20120727

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -