「聖十字学園高等部卒業式」と、達筆で書かれた看板を据えた大講堂からは、制服をかっちり着こなした生徒たちが次々と出てくる。そのまわりには、今日を持って学園を卒業する先輩を見送ろうと多くの生徒が溢れていた。かくいう私も、そのうちのひとりなのだけれど。

道脇に立ち並ぶ桜の蕾の膨らむ枝は、まるで卒業を惜しむように寂しげに揺れる。ふらふらと足を動かしながら、わたしはある人を探していた。卒業式を終えたばかりの浮き足立つ学園内でたったひとりの人を探すのは、まさに骨が折れるような作業とも言える。時折ため息を溢しながらしばらく探しまわった後、人で溢れかえる校門付近にその姿はあった。少し乱れてしまった前髪を軽く整え、すっと息を吸う。

「志摩先輩」
「お、久しぶりやな」

振り返った志摩先輩の和やかな声色に、お久しぶりです、と返す。志摩先輩の胸に挿された綺麗な造花はしゃんと咲きほこり、その存在を主張する。志摩先輩は垂れ目を細め、笑った。

聖十字学園の先輩であり、祓魔塾の先輩でもある志摩柔造先輩。わたしよりも1つ歳上で、今日の卒業生のひとり。成績優秀、運動もできてリーダーシップもあり、先生からの評判も良い。短気な節もあるけれど、たくさんの人に慕われている。故に、学園の人気者である。現に今もすれ違う生徒のほとんどに声をかけられたり、女子にいたっては熱い視線を送る人も少なくない。祓魔塾というつながりがなければ、わたしがこの人と関わることはおそらく一生、有り得なかった。それほど遠い存在なのだ。先輩の左手で揺れる卒業証書の入った筒は、志摩先輩との別れをじわりと仄めかす。

「卒業式が終わったら、今日のうちに京都へ帰るんよ」
「…そう、ですか。随分お急ぎなんですね」
「おお。早よう帰って出張所に慣れんと」

責任感の強い志摩先輩のことだ、京都へ戻りようやく人のために働けることが相当嬉しいのだろう。にこりと綻ぶ顔には、そんな思いが感じとれる。けれど、京都に戻るということは、志摩先輩に会えなくなってしまうということ。その事実は、わたしがどんなに足掻こうと変わることはない。自然とわたしの顔は俯き、陰る。ああもう、今日でお別れなのに。どうしてわたしの口は動いてくれないんだ。

「なんや、寂しいんか?」

ぽすん、と、頭に重みを感じる。視線を上げればにたり、と志摩先輩は意地悪く笑っていた。その仕草さえ、遠く離れてしまうのだ。寂しいに決まってるじゃないですか。なんて可愛く言えたらいいのに。相変わらずわたしの頭を撫でる志摩先輩に、言葉がでてこない。押し黙るわたしに、先輩は不思議そうな視線を送った。

「…一応、お世話になりましたし」
「お?珍しく素直やなあ」
「卒業祝いです」
「はは、なんやそれ」

撫でるとは形容し難いくらいにぐりぐりわたしの頭を擦り、志摩先輩はけらけら笑った。この人は本当に、わたしを見透かしてしまう。嬉しいことがあれば一緒に笑って、悲しいことがあれば黙って側に居てくれた。それなのに、わたしの先輩への思いには全く気づかない。おかげでわたしはずっと、志摩先輩の発言やら行動に振り回されっぱなしだった。

「まあ、卒業したら当分は会えんくなるしな」

ほらまた、当分なんて言ってわたしに期待を持たせる。それでもその言葉に、締めつけられるように胸はきゅっと痛む。今伝えなきゃ、もうきっと。

「あの、わたし、」
「志摩!早よう帰るで!」

わたしの言葉を遮り、しゅるしゅると器用に人波を抜け現れたのは、志摩先輩と同期でありわたしの先輩でもある宝条蝮先輩だった。表情は険しく、なかなか京都へ帰る姿勢を見せない志摩先輩に相当苛立っているように見える。頭のてっぺんに感じていた重さと温かさは、いつのまにかなくなっていた。

「わかっとるわ!蝮はもうちょい卒業惜しまんか!」
「こないな学園、惜しむもんなんてあらへん」
「お前なあ…」

つん、とそっぽを向く宝条先輩を呆れた表情で宥める志摩先輩。このふたりの仲の悪さは学園の生徒であれば周知のものであり、道行く生徒たちは微笑ましく見守っている。この光景は祓魔塾に通うわたしにとっては大分見慣れたものだった。経験上、このまま放っておけばふたりは言い争いを始め、いずれ大喧嘩に発展する。そんなことを考えたせいか、わたしはいつのまにか不安気な顔になっていたらしい。すまんな、とわたしに謝り、志摩先輩は宝条先輩の頭を軽く撫でた。

「こいつはめちゃくちゃ、京都が好きなんよ」
「っな!こんの申が!」

愛しいものを見る目、とでも例えられる。志摩先輩が宝条先輩に送る視線は、いつだってそんな眼差しだった。志摩先輩の穏やかな表情に、先ほど喉まで出かかった言葉はすっかりひっこんでしまった。先輩へ自分の気持ちを伝えることなんて、わたしには到底無理な話だったらしい。

「…志摩先輩、卒業おめでとうございます」
「おん、ありがとおな」

にこり、志摩先輩の笑顔。大好きな先輩の笑顔のはずなのに、ちっとも心は晴れない。こんな気分は初めてだ。もやもやとした寂しい気持ちだけが、わたしをいっぱいにする。そんな私の気持ちを知る訳もなく、目の前のふたりは騒がしく言い合いを繰り広げていた。

「志摩先輩、宝条先輩。京都でも元気に、がんばってください」

浅いお辞儀を残し、わたしは志摩先輩たちに別れを告げた。がやがやざわつく卒業生や生徒の間を、早足ですり抜ける。たくさんの人で溢れこんなにも辺りはざわめいているのに、まるで遠くの出来事のよう。それなのに志摩先輩と宝生先輩、2人の声だけは、くっきりと聞こえる。その声を振り払うように、わたしはひたすら歩いた。






「なんで学校、戻ってきちゃったんだろ」

歩き続け行き着いた先は、卒業式を終えた校舎だった。再びふらふらと足を進め、向かった先は鍵のかかった空き教室。この扉に祓魔塾への鍵をさし、何度か志摩先輩と一緒に塾へ行ったりしたっけ。小さな思い出となった扉に、とんと寄りかかる。人気のまったくない校舎は、音がすべて消えてしまったようにしんと静まりかえっている。

「先輩、嬉しそうに笑ってたなあ」

背を預けた扉は、ひやりと冷たい。次第に体から力が抜け、ずるずるとその場にしゃがみ込む。喉はひゅうひゅう絞まり、胸はちくちく痛み続ける。さよならも、言えなかった。寂しさと後悔が込み上げる。ぽろりと涙を落としたなら、この気持ちも一緒に消えていくのだろうか。

「…すきです、柔造先輩」

この先わたしがあなたの隣に立つことは決してないのでしょうけれど、遠くからあなたを思うくらいはどうか許してください。



thanks 曰はく、

傷つくのが怖いのです/20120611


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